子供は親や国家の合わせ鏡のようなもの。
古い知人の息子さんが引きこもりになったという話を聞いた。
引きこもりというのは他国にもあるのかどうか。他国と比較して日本国内の引きこもり人口がどのくらいかは知らないが一つ思ったことがある。
要するに引きこもりの皆さんは、日本の国の在り方を代弁しているかあるいは、それに対する一種の抗議なのではないかと。 戦後、特に平成以降の日本国は引きこもっている。
本来の国家のあり様に目をつむり、誤魔化し誤魔化し生きている。
引きこもりはそういう国のあり様を象徴しているように思われてならない。
昭和期に暴走族が流行って「カミナリ族」と言われた時代があった。その当時、ある作家が
「あれは特攻隊で死んだ御霊が亡霊になり夜の日本を疾走してるのではないか。」
的な言い方をした。(もっとシンプルな言い方だと記憶しているが)
あれは、特攻隊の英霊の荒御魂の様なものだったのだろうか。確かに爆音を轟かせて疾走する様は零戦が闇雲に敵に突っ込んでいく様を象徴している様にも見える。
「俺たちのことを忘れるなよ。」
最近は随分減っているようだが。
家庭の問題は国家の問題の鏡の様なものかもしれない。
少し前に問題化した女子高校生の援助交際も同様。
あれは戦後日本人(大人)が金だけが価値観の全ての様になっていることの象徴だ。
「これでいいんでしょう?」
(写真:洲崎神社 木場)

