Close Menu
    最新記事

    中共、ベネズエラ・ドンロー主義などを巡る世界情勢まとめ

    令和8年1月6日

    白村江の大敗以来の危機と語った昭和天皇の御発言

    令和8年1月4日

    中共国内の治安も経済も急速に不安定化している

    令和8年1月4日

    虎ノ門 愛宕神社

    令和7年12月30日

    失うものは何もない。死んでも構わない。

    令和7年12月30日
    Facebook
    魂降日記魂降日記
    Facebook X (Twitter)
    • ホーム
    • 日本文明
    • 文明論
    • 言霊
    • 神社巡り
    • 歴史と政治
      • 日本史
      • 世界史
      • 政治・国際関係・経済
    • コラム
    • 文化・文芸的
    魂降日記魂降日記
    Home»神社巡り

    伊勢 斎宮 竹神社

    令和4年5月12日 神社巡り
    伊勢 斎宮 竹神社
    Share
    Facebook Twitter LinkedIn Pinterest Email

    伊勢 斎宮 竹神社

    斎宮は、崇神天皇の時代、それまで宮中に祀られていた天照大御神を、畏れ多いとして、笠縫村に遷宮された頃に始まったとされ、その後伊勢に御遷りになった後、天武朝に制度的に確立した。

    以降、後醍醐天皇の御代までおよそ660年間続いたが、承久の乱以降次第に衰退したという。

    天武朝の大来皇女が初代とされるが、以降祥子(さちこ)内親王まで六十三人の斎宮が卜定され、うち五十一人が伊勢に赴いた(群行)。亀山天皇の御代、愷子(やすこ)内親王が群行されたのが斎宮の最後(1272年)である。

    斎宮は女性(皇女)であり、天皇の統治王と斎宮の祭祀王という、古代から存在した「統治王」と「祭祀王」という天皇に有せられた二つの王としての御役割をその後に残すものである。「斎王」とも称せられる。

    竹神社は斎宮の敷地内にあり、今鎮座する場所は斎宮城跡(斎宮御殿跡)にある。以前は別の場所にあったらしいが明治時代に遷された。

    現在旧社地周辺は発掘整備されて祭殿などが再現され公園となっている。

    伊勢 斎宮 竹神社伊勢 斎宮 竹神社
    伊勢 斎宮 竹神社伊勢 斎宮 竹神社
    伊勢 斎宮 竹神社伊勢 斎宮 竹神社
    伊勢 斎宮 竹神社伊勢 斎宮 竹神社

    関連タイトル

    神社巡り

    虎ノ門 愛宕神社

    令和7年12月30日
    神社巡り

    宮城の灯

    令和7年11月17日
    神社巡り

    赤坂氷川の山車とはりこみくじ

    令和7年2月9日
    神社巡り

    日本海海戦を讃えて東郷平八郎に送られた額 東郷神社

    令和7年1月26日
    神社巡り

    椿大神社の砂と鹽竈神社の塩

    令和7年1月18日
    神社巡り

    品川 蛇窪神社

    令和7年1月14日
    最新投稿

    中共、ベネズエラ・ドンロー主義などを巡る世界情勢まとめ

    令和8年1月6日

    白村江の大敗以来の危機と語った昭和天皇の御発言

    令和8年1月4日

    中共国内の治安も経済も急速に不安定化している

    令和8年1月4日

    虎ノ門 愛宕神社

    令和7年12月30日

    失うものは何もない。死んでも構わない。

    令和7年12月30日

    高市首相のしゃべり方から言霊のあるなしを読む

    令和7年12月30日

    来年以降 グローバリズム=拝金からの離脱がテーマになる ヨハネの黙示録 第十八章『バビロンの崩壊』の成就へ

    令和7年12月7日

    日本の地政学的立ち位置と核保有についての論考

    令和7年12月5日

    高市早苗首相の役割

    令和7年12月1日

    戦前日本の権益は米国がそのまま引き継いだ

    令和7年12月1日
    © 2026 Tamafuri Nikki
    • 魂降日記について
    • プライバシーポリシー
    • 利用規約
    • お問い合わせ

    検索したい文字を上のボックスに入力してエンターキーを押してください。検索ボックスを消すばあいはESCボタンを押してください。

    Go to mobile version