伊勢 斎宮 竹神社
斎宮は、崇神天皇の時代、それまで宮中に祀られていた天照大御神を、畏れ多いとして、笠縫村に遷宮された頃に始まったとされ、その後伊勢に御遷りになった後、天武朝に制度的に確立した。
以降、後醍醐天皇の御代までおよそ660年間続いたが、承久の乱以降次第に衰退したという。
天武朝の大来皇女が初代とされるが、以降祥子(さちこ)内親王まで六十三人の斎宮が卜定され、うち五十一人が伊勢に赴いた(群行)。亀山天皇の御代、愷子(やすこ)内親王が群行されたのが斎宮の最後(1272年)である。
斎宮は女性(皇女)であり、天皇の統治王と斎宮の祭祀王という、古代から存在した「統治王」と「祭祀王」という天皇に有せられた二つの王としての御役割をその後に残すものである。「斎王」とも称せられる。
竹神社は斎宮の敷地内にあり、今鎮座する場所は斎宮城跡(斎宮御殿跡)にある。以前は別の場所にあったらしいが明治時代に遷された。
現在旧社地周辺は発掘整備されて祭殿などが再現され公園となっている。





