ここ数年、病気と戦争で莫大な富を「更に」重ねた者たちがおり、各国の政治力を上回る影響力を手にしているが、それらの「主催者」と、世界の、特に欧米のメインストリームメディアの「主催者」が一体化しているという構図を認識しているのは、米国ではおよそ4割から5割だと言われている。
欧州は米国ほどではないが、少なからずいるものと思われる。しかし日本国内ではいまだに数%程度と考えられている。よくて10%くらいかもしれない。このような「世界の構図」を日本人の多くは意識も認識もしていないし、そういうことを言うと根拠のない「陰謀論」だということになるのが普通である。
10%たらずの日本人たちは「日本人の覚醒」をさまざま方向から訴えている。わずかな胎動は見られるが、いまだ巨大なウエーブにはなっていないようだ。
ここ数年は「聖書の時代」だ。自分はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもない。しかし、何度か書いてきたが、例えば「ヨハネの黙示録」を多少の解説をもとに繰り返し読めば「はっ」とする人は多いだろう。これは今のことを言っていると考えられる。
米国の4割から5割が「世界を動かす者達の構図」を周知しているということと、米国に熱心なキリスト教徒が多く、聖書とよく接している者たちが多いということとは密接な関係があるだろう。「熱心なキリスト教徒」の数では欧州は米国に比べて圧倒的に少ないことを考えても合致している。
「ヨハネの黙示録」などを読んでいると、もはや事は起こるだろうと感じる。いやそれは既に「実行中」であり「最中」であり、我々が何を考えようが、何をしようが関係なく事は起こるだろう。日本人の「事前の」覚醒というのは既に「タイムアウト」である。
日本人の多くは、聖書の世界は迷信と作り話だと感じるのだろうが、旧約聖書を信仰の規範としている人々の世界人口はおよそ6割いる。我々の価値観というのはほんの「部分的」なものでしかない。
ちなみに、日本では戦国時代からキリスト教の布教が始まり江戸時代は禁止されたが、明治以降も、特に敗戦後は濁流のようにキリスト教化の試みがなされたがいまだに1%以下である。韓国では全人口の3割に達する。中華人民共和国はマルクス主義を取り入れ自らの文化を放棄したようになっているが、儒教文化というのはキリスト教的な価値観と親和性が高い。
日本は聖書文明の圏外に位置する特殊な存在である。聖書文明の最終章に際して彼らの巨大な「濁流」の影響から逃れることはできないが、その次に起こるアクションに備えて、日本文明の価値を強く認識し、意識的に強め、個々人の中で「日本文明の価値化」を進めていくことが必要である。

