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ジャニーズ問題に見る善悪の彼岸

令和5年5月18日 日本史
ジャニーズ(1965年、日生劇場) from wiki
ジャニーズ(1965年、日生劇場) from wiki
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ジャニー喜多川氏が他界するまでは、全くと言っていいほどこんな問題は起きなかったし、噂はあったものの、誰も本気で訴え出るものもいなかった。社会も全く動じる気配すらなかった。

訴え出ている者はいたのかもしれないが、握りつぶされるか、メディアも扱わない、扱えない、扱うのが怖い、などの理由で世間に一般化することはしなかった。また人もそれに「注視」しないのはいつの時代でも共通する「不思議」と言える。

いわゆる「世間」に一般化しないと世の中が全く動かないというのは実に不思議というか不可解というかバカバカしい話にも思えるが、このことは今、特に2020年以降世界の「表にならない」ところでさかんに叫ばれている世界支配の構造とよく似ている。

「世間」の大半を牛耳る「大衆」は常に盲目で、自発的にそれを予感してなにがしかの行動に出ることがない。「民主主義」だからなのかもしれないが、このような「大衆」が大騒ぎしない限り世の中はなかなか動かないのである。

私個人は今世間で騒がれている「ジャニーズ」問題には興味はない。しかし、ジャニーズ問題は、世界で今(特に2020年以降)起こっていることの縮図にも思える。

ただ、世界のいくつかの国々においては「絶対権力者」が健在な状況でもその危険を叫ぶ者がいるが、日本においては極めて少数にとどまっているようにも思われる。

いや、世界が桁外れな資産家集団に好き放題いじくり回されているということが表面化した時点で、既にその「集団」の力が衰えている証左と言えるのかもしれない。

「真実」と「現実」には常に「乖離」があるが、その距離間は、歴史的状況に応じて、離れたり、縮んだりする。

いくらそれが「真実」であろうとも、その距離が遠く離れている時には、その問題に関して何を言っても社会は全く動じないということは「権力」というものが、一度奪取されたなら、たとえそれがどれほど不条理なものであっても「常識化」するということを認識しておく必要があるように感じる。

社会の問題を是正するには「真実」と「現実」の乖離が縮んだ瞬間を見計らう以外に方策はないのであろうか。

——————————–

以下、GHQと密接であったと言われるジャニー氏の経歴(wikiより)

アメリカで生活していた事があるが、成長するまでの主な育ちは日本である。父の喜多川諦道は仏教の高野山真言宗米国別院の僧侶で、1946年2月から1948年2月までプロ野球チーム「ゴールドスター」のマネージャーだった。ジャニーは次男。日本と米国の二重国籍を持っていたため、ミドルネームがあった。姉はメリー喜多川、兄はアメリカ航空宇宙局でアポロ計画の設計もしていた科学者だったが、1980年代に50代半ばで死去している。

1933年に喜多川一家は日本へ移住し、大阪府大阪市で生活した。しかし間もなくして母親が死去、やがて太平洋戦争が勃発すると子供達だけで和歌山県東牟婁郡那智勝浦町に疎開した。その後満年齢16歳まで日本で育った。

第二次世界大戦終結後、満年齢16歳であった1947年に子供達だけでロサンゼルスへ移動し[7]、現地の高校に入学した。高校時代にはロサンゼルスの「アーニー・パイル・シアター」にて、ミュージックメイカーのアシスタントとして、アルバイトを経験している。

ロサンゼルスの高校を卒業後、姉と同じロサンゼルス・シティー・カレッジに進学。

1950年に美空ひばりが育ての親・川田晴久と共にアメリカ公演を行った。そしてロサンゼルス公演の際、父の勤務先だった真宗大谷派東本願寺ロサンゼルス別院が会場となったため、ステージマネージメント全体を担当する。

1952年に再来日し、アメリカ軍関係の仕事の一環として、当時勃発していた朝鮮戦争による戦災孤児に英語を教授するために、日本でわずか11か月で朝鮮語を習得し、すぐ米軍側の板門店に出向き、1年2か月間に亘って子供たちに英語を教授した。再来日後はアメリカ合衆国大使館軍事援助顧問団(MAAG)の職員として勤務。

1960年代初頭、ジャニーは自分の居住していた東京都渋谷区・代々木の在日米軍宿舎「ワシントンハイツ」にて、近所の少年たち約30名で構成された少年野球チームのコーチを務めていた。そのチーム名は、「オール・ヘターズ」「オール・エラーズ」を経て[12]、「ジャニーズ少年野球団」となった。

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