奥野卓志氏は九条養護派(護憲派)か? 愛のエネルギーは日本を救うか? 日本から「救世主」は誕生するのか?
奥野氏の長めの講演動画を拝見した。非常に面白い内容の動画だった。現代に生きる我々にとって耳を傾ける価値のある内容だと感じた。
氏の話を聞いていると、憲法(九条)改正には反対であるように思われた。
彼の言わんとしていることは理解できる。
日本が、米国の属国状態のまま九条を改正すれば、米国の命令一つで、兵器を今以上に買わされ、兵隊を海外に派兵させられる羽目に陥るだろう。例えば、今の政権ならウクライナへの日本軍派兵は即決かもしれない。
それは確かに最悪の事態だ。九条があった方がはるかにましだ。
評論家の渡辺惣樹氏なども、もともと九条どころか日本国憲法自体を破棄して国家として自立しなければならないという考えだが、現実の日米関係(属国状態)が変わらないままなら九条はあった方が良いのではないかと最近考えるようになった、と語っている。
自分も渡辺氏の意見に全く異論はない。では九条は必要なのか?
こうなると吉田茂の判断は正しかったということになる。しかし、朝鮮戦争終結後でも良かったので日本国憲法は破棄すべきだったというのが私の持論だ。吉田茂やその後に続く政治家達の誤った判断と認識が今の日本の国家の窮状を招いたと私は今でも思う。憲法の破棄は、実際やろうとしてもできたかどうかは分からない。しかし試みるべきだった。
吉田茂が「pochi69」の汚名を返上するチャンスはあったはずである。
北朝鮮のような4流5流の国家ですら今の日本よりは余程自主性がある。彼らにできて我々にできないなどということはあり得ない。
結局、経済至上主義、金儲け最優先の道を選んだ戦後日本人の「致命的」ミスであることに変わりない。後悔先に立たず。
奥野氏は講演の中でアインシュタインの言葉を例に出し、
「愛の力。許す心。」を強く持つ日本人の高い精神性がこの国や世界を救う。というような内容を力説している。確かにそうかもしれない。そういう考え方も重要なファクターだと考える。
ガンジーのような氏の日本人に対する「挑戦状」を否定するつもりはない。
しかし、自分は彼ほどに人間性が高くはないのだろう。そういう理念を大切に思いながらも、根本的な日本国家の方向性は現行憲法を破棄して自主憲法を制定し、核武装することだと考えている。少なくとも今の時点ではそう考える。
これ以外、日本が米国からの「くびき」を脱する選択肢が見当たらない。
キリストと釈迦は、「愛のエネルギー。許す心。」の最大化による人間あるいは魂の救済を人類に訴えた。
しかし一方で、彼らの「故国」は共に消滅し、民族(ユダヤ民族・シャカ族)は離散した。
キリストの故国はおよそ2000年ぶりに復活したものの、その間の悲劇は言うまでもない。シャカ族は離散後消滅し、今にその姿形を残さない。
私は日本をそのような状況にしたいとは思わない。「第三の選択」を日本人はすべきだと考える。
日本人は国土に寄り添って初めて日本人足りうると確信している。
