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    猿田彦天狗面の起源 映画『きばいやんせ私』と大隅半島の仮面文化

    令和5年8月13日 文化・文芸的
    映画『きばいやんせ私』より
    映画『きばいやんせ私』より
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    鹿児島県大隅半島の南端佐多岬にある日本本土最南端の神社「御崎神社」に千年以上伝わる御崎祭りの再興をテーマとした作品。この祭りは実在のもの。

    佐多御崎祭りとは、御崎神社の祭神(妹神)が、姉神の坐す近津宮神社までの20kmの距離を7つの集落を経由して挨拶に行くというもので、この行程を二日間かけて神輿で移動する神事。

    行列は、鉾のついた大竿を手にした者が先導し、先々で家屋敷・住民を「祓い」ながら進む。近津宮神社付近に近づくと面を被った子供達が出迎え、行列を先導する。

    映画では、南の果ての寒村の高齢化と人出不足で20kmの行程の神輿の担ぎ手が足りず、廃止の危機が叫ばれる中、不倫騒動で閑職に追いやられた女子アナが、自分の持ち番組でこの地を訪れ祭りの再興に一役買うという設定である。

    大隅半島は神社巡りの中で重要な印象を残した場所で、思い入れがある。このような作品があることは感銘深い。自分は佐多岬には行ったが、この両神社には行っていない。御崎神社に行く予定があったが時間の関係で行けなかった。佐多岬を経由して帰り道に吾平山上陵に行き、そこで魂が震える経験をした。

    御崎神社の起源にはイザナギが関わる。

    黄泉の国から逃げ帰ったイザナギが佐多の影向石に降臨し「おごんせ」で禊祓を行った。「おごんせ」は佐多岬の突端の海上に浮かぶ岩場で古代から聖地とされ、以前は小祠が「おごんせ」付近の海浜にあったようだ。(後述『南大隅町佐多の御崎祭りと郡・近津宮神社の神面群』による)

    御崎神社の創祀は和銅元年(708年)というが、恐らくそれ以前から「おごんせ」信仰はあったものと考えられる。

    御崎神社の祭神は、底津少童命(ソコツワダツミノミコト) 、中津少童命(ナカツワダツミノミコト) 、表津少童命(ウワツワダツミノミコの三神と鹿児島神社庁HPに記載されている。別の記載では、主神 伊邪那岐命・伊耶那美命、併神として外御子命六神(住吉三神・綿津見三神)だというが、いずれもイザナミを除き男神。

    祭りの主役である妹神・姉神の神名が調べたところ分からなかった。不思議なことだ。

    ネットを調べていると非常に興味深い資料を発見した。

    『南大隅町佐多の御崎祭りと郡・近津宮神社の神面群』

    南九州地域には面の文化が古来より盛んだと言う。この祭りでも古くから神輿の到着地の少し前あたりから、面を被った子供達が出迎えて近津宮神社まで先導する。

    面にはいくつかの種類があるが最も主要なものは神面であり、過去の写真資料などを見ると、全国の祭りでサルタヒコ役が被る面に似た形相のものだ。天狗のような高鼻ではないものの、ぎょろ目で赤い面である。サルタヒコの高鼻面の起源は南九州地方の文化に由来するものかもしれない。

    面貌からして明らかに南方系、又はアーリア系というのかインド中東方面であることは明らかに思われる。

    なぜサルタヒコは日本に住み、天津神を出迎えたのか。霧島市に猿田彦神社があり、古来よりサルタヒコの居所地だと言われている。伊勢が故郷とされているが、出迎えるためにここまで足を運び、瓊瓊杵尊と共にしばらくこの地に留まったのか。あるいはそもそも彼の出自は鹿児島の先の南方方面にあって、鹿児島南部も縁地であったのか。

    霧島神宮の神事の一つである「猿田彦命巡幸祭」(通称 面どん周り)は毎年春秋各2回の計4回も行われる当社の主要な神事である。

    瓊瓊杵尊は薩摩半島付近からサルタヒコの出迎えを受ける。佐多岬は大隅半島だが、もしかすると大隅半島が起点かもしれない。佐多岬(鹿児島県大隅半島)、佐田半島(愛媛県伊方町)、佐太神社(島根県松江市)は、サルタヒコの行程または縁地を示すものと考える。三重県の御陵は椿大神社又はその周辺とされているが三重県ではサタという呼び名として残っていない。伊勢市の猿田彦神社境内に、佐瑠女神社がある。アメノウズメを祀る。

    また、伏見稲荷大社で祀られる稲荷三神の一神が佐田彦神。しかし、明治以前は猿田彦神であったらしい。
    さて、映画のクライマックスは神輿が険しく細い山道を進むシーン。担ぎ手の一人が足を踏み外す。神輿が崖下に落ちそうになるところで、主人公の女子アナ(夏帆)が思わずカメラを捨てて神輿を担ぐ。

    女神の神輿に女性が参加するのは「嫉妬」するからよくないと言うことになりそうだが、恐らくこのシーンでは彼女に「妹神」か「姉神」が憑依して神輿を救うというところだろうか。

    この作品、話の主旨は良いし、このような作品が製作されることは非常に有意義なことだと思うが、演出が凡庸で面白味に欠けており商業的には成功しなかったようだ。

    思うに製作者や演出者の中に「神事」というものの神秘性や霊性のようなものの価値を認識する人がいなかったのではないか。新海誠氏のような人が演出を手助けていれば人の心を打つ作品になっていたように思う。

    写真:映画「きばいやんせ私」から/現存しないかつて御崎祭りで使用されていた神面の写真『南大隅町佐多の御崎祭りと郡・近津宮神社の神面群』より

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