聖書の筋書きから、この世の終わりということは過去何回か騒がれたが、恐らく今回こそは「本物」だろう。
現実社会の情勢やこの星の状況を、聖書抜きで冷静に見ても、それが当てはまると思われるのは過去の歴史から比較しても現代ほど似つかわしい時代はない。
この世の終わり
というのはユダヤ・キリスト教文明の終わり、あるいは聖書の期限の終焉だと自分は考えている。
キリスト教信者は現在世界でおよそ20億人とされている。ユダヤ教の信者数は2000万人弱。
彼らは「この世の終わり」に最後の審判がくだり、彼らのいう神を信仰したものの魂だけが天国へ「上げられ」その後千年王国が成立するという筋書きだ。
これが彼らの信仰の核心部分であって、このためにのみこの2000年信仰してきた人たちの集団だといっても言い過ぎではない。
彼ら(その文明圏に暮らす人々)は、「この世の終わり」が何であれそれは約束されたものだと深い意識の中では感じている。
熱烈な信者はそれを意識的に望んでもいる。意図的にそれ(この世の終わり)を起こそうとする者もいるだろう。
ウクライナからイスラエルへの戦乱のプロセスは「神の意志」であり、起こるべくして起こるものであり、それはまさに今だと信じる者の数は現在数億人を超えるかもしれない。
日本人はこういうことを「非科学的だ」と軽んじるが、彼ら文明圏の人々は信仰のあるなしにかかわらず、この筋書きに深層では強く反応している。
宗教的なセンス(センスというのは何かを信仰しているとかそういうことではない)が戦後の日本人には特に希薄だが、これは世界情勢を見るうえでは不利である。戦前の日本人はここまで「不感症」ではない。
自分自身に宗教的なファクターが希薄になると、そういうセンスが分からなくなるのは当然のことだ。
政治や経済の状況だけみて国際社会で今起こっていることを分析しても、後付けの理屈でしかない場合が多く、本当に何が起こっているのかは理解できないだろう。
世界や歴史の核心部分は理屈や思想や人の意志で動くわけではない。少なくとも人間が文明的な生き物である以上。
聖書の世界は、日本人は部外者だが、今の日本の政治家は「彼ら」が右向けといえば右を向き、左を向いてろと言われれば左を向いている状態であり、好むと好まざるとにかかわらず、彼らの作り出す濁流の中に引きずりこまれる状況にあるといえる。

