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    Home»日本史

    武家政権安定と北條政子 日本国の乱れを治める時に出現する女性の役割

    令和5年11月15日 日本史
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    倭国大乱以降の日本権力史の浮沈をみつつ室町・明治になかったものを探る。

    大和政権成立までの権力の移動は西から東。
    鎌倉幕府成立までの権力の移動は西から東。

    鎌倉幕府の初期の内紛は凄惨で、比企、畠山、梶原、三浦、和田などの有力御家人が次々と討伐されるだけでなく、源氏一門の義仲、義経や子息の実朝などが次々と討たれる。

    ようやく落ち着いたのは、頼朝の死後、承久の変に勝利し、妻の政子とその一族が実質的な支配権を握ってからであろう。勝利最大の貢献者は政子であったとされる。

    鎌倉中期に元寇があった。

    室町時代は、足利尊氏が東から西へ西征して京都室町に幕府を築いた。日本の歴史上、東から西への権力の移動は、短命あるいは国内の混乱、政権の不安定になる。

    平氏の福原遷都も東から西への移動だが、こののち平家は滅亡する。そもそも東から西への権力の移動自体が事例として少なく、日本の権力基盤は西から東への移動が基本形である。

    東から西へ移動して政権を成立させた尊氏だが、弟直義を巡る派閥争いから観応の擾乱へと発展する。この諍いは皇室・公家・武家など日本国内の全ての勢力を巻き込み、応仁の乱に匹敵するほどの大乱となる。この乱は南北朝時代へ直結する。

    天皇家の不安定や衰退も日本国の不安定と混乱を象徴する。

    室町時代は日本史の中でも際立って不安定な時代で、義満の時代だけは安定したものの、政権は脆弱でやがて応仁の乱が勃発すると日本国は事実上崩壊し、都は極度に荒廃した。

    第二次世界大戦時の荒廃に続く荒廃がこの時代に現出した。後期になるとオランダ、ポルトガルなどが日本に近づき植民地化への様子を伺う。

    信長、秀吉、家康による奇跡的なコンビネーションによってはじめてこの混乱に終止符が打たれる。江戸時代は、武家政権期において最もかつ唯一安定した時代となった。

    室町中後期以降断絶していた、伊勢神宮式年遷宮と大嘗祭は、式年遷宮が信長により、大嘗祭は江戸幕府将軍綱吉の時代に再興されている。

    徳川幕府成立への権力の移動は西から東。

    明治政府の権力も西から東。

    今日までその影響が続くと考えると長期だが、間に大東亜戦争が挟まれ、国家の根本が大きく揺らいだ。しかし、国内政治という意味では大きな内紛は戊辰戦争を除き、一貫して安定していると考えてよいだろう。

    明治政府は天皇の存在意義を再構築(復古的な意味を盛り込みつつ)した。

    しかし、元寇、戦国期の西洋植民地帝国の侵攻は抑えることができたが、今回はそのようにはいかなかった。
    この原因を調べてゆくことも重要であろう。ただしあの時、日本が起たなかったならば、今頃東洋は、南米やアフリカのようになっていた可能性は極めて高い。そういう意味では単なる敗北とも言えない面もあることも頭に入れておく必要がある。

    ただし、明治政府の成立に欠けているものがあるとすると女性の権力への何等かの介在ということは言えるかもしれない。このような面についてかつて語った人はまだいないように思われる。

    日本の武家政権の歴史を根本までたどると、その安定を決めたのは北條政子の時代になってからである。
    武士の時代もまた、倭国大乱に引き続き権力基盤の安定に女性が介在した。

    権力の移動(西から東)
    天皇の地位の安定
    権力への女性の何等かの介在
    これらが日本の権力基盤を安定させるために必須の条件である。

    【追記】

    日本の権力基盤が安定する3つの法則について記した。

    権力の移動(西から東)
    天皇の地位の安定
    権力への女性の何等かの介在

    この中で、東から西へ移動して権力基盤を成立させた例として、平家の福原遷都と、室町幕府の例を書いたが、信長、秀吉の政権も東から西への移動で、やはり短命であったことを記載しなかったので追記しておく。
    これによってこの説の有力性をより確かにできたものと思う。

    写真;北条政子像(北条高塒.comより)

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