明治維新以降の日本の優れた言論人は、日本文明に西洋文明をいかにして取り込むかについて真剣に悩んだ。その代表例の一人が徳富蘇峰だろう。
彼は、当初西洋文明の世界的な制覇を見て、これは西洋人にのみ与えられたものではなく人類的な規模で与えられたものだとしてキリスト教信者になるが、結果的に棄教する。
これは戦前の知識人のあるあるだろう。
日本文明を突き詰めれば神道にいたり、神道に至れば天皇に至るが、その世界観は多神的世界観を離れることはあり得ず、最終的に「排他的唯一神教」はあり得ないという結論に至る。
戦後でも遠藤周作は、遺作とも言える「深い河」においてこれに近い経緯を辿っていく。
ザビエルが来日して以降、キリスト教会は一貫して日本を布教の重点地域に指定し、明治以降はさしたる否定もなくさらに昭和20年の敗戦以降は、マッカーサーが天皇のキリスト教化すら画策したが未だ日本国内のキリスト教信者は0.1%を超えることはない。
日本文明がいかにして西洋文明(旧約文明)を取り込むかについては今がまさに正念場と言える状況であり、西洋文明自体も崩壊しつつある中で、彼ら自身も自らの文明のあり方に本心では疑問を呈している。
日本人は儒教文明を受け入れるときも、独自の解釈を施した。その最も重要な思想である「易姓革命」の部分をあっさり削除した。
理由は「日本に合わないから」
旧約文明に関してもこれで全く問題ないような気がしている。
インドではヒンドゥー教内ではキリストの神も「one of them」の扱いと聞いたがこれで何も問題ないのではないか。
写真:徳富蘇峰

