赤坂のニューオータニの敷地の向かい側。紀尾井坂の上がり口辺りにある。大久保利通の暗殺現場。
ここは以前は薄暗い広い敷地で都心の中心部に何故こんな空き地のようなところがあるんだろうと少し足を踏み入れると不気味に巨大な石碑が寂しそうに建っていた。
それが令和に入った頃に突然美しく整地されて立派な公園に様変わりした。
以前は気味が悪いこともあり石碑の斜めや後ろに回ることが憚られたが、今は平気である。
鉄道技師毛利重輔という人物が建立時の現場責任者であったようだ。
令和に入って明治以降に積み重なった霊的な「重し」のようなものが氷解していっているように私には思われる。
それは社会の混乱と同時に新たな兆しが見え始めてくる時期であることを示しているようである。

