明晰夢というのは、通常の夢と違う。通常夢は、自分の頭の中で展開し、頭の中のスクリーンに流れる映像を見ているような感覚でそれは夢みている自分にもわかる。通常夢は自分の記憶に基づいて作り出される。これにはストレスの解毒剤のような役割もある。
一方、明晰夢あるいは霊夢はこれとは全く違う。自分の意識だけが肉体から抜け出して別の場所に自分が存在しており、そこでさまざまな体験をする。自分以外のものは自分の意識とは全く関係ないものであり、頭の中で作られた空想や想像の世界とは別次元だ。
板の間に座れば、座った時の板の感覚が自分の意識や五感(とは言えないかもしれないが)に直に伝わり、目が覚めた後でも明瞭にその感覚が記憶として残る。誰かと話をする時は、全くの他人と会話を交わしており、自分の中の別人格が頭の中で語っているのとは違う。
明晰夢あるいは霊夢のようなものを体験するということは一種の宗教体験に近い。要するに肉体やその器官によって人間の意識や行動が全て産み出されるわけではないということを体験として理解(知る)できる。
一部の学者は、夢は全て自分の脳が作り出す作用だという。自ら体験していなければそのように認識する以外できないだろう。人間はその人が知る範囲内のことしか理解できない。
井上尚弥や大谷翔平の身体能力を科学的に解明しつくして1000冊の書籍にまとめ、それを完全に理解し記憶したところで、その人が井上尚弥や大谷翔平になれるはずもなく、彼らの「体感」をそのまま知覚することもできないが、明晰夢と通常の夢の違いはこれと似ている。
西洋人は「思考性」の強い民族性であり、思想を産み出しそれによって人間社会を整備したり、コントロールしようとする意識が非常に強い。また彼らは、それはできるし、そうあるべきだと信じているふしもある。確かにそれは一定程度まで人間社会において効果的な役割を果たしている。
しかし思想というのはごく限られた人間の頭の中でいくつかの知識なり知見などを繋ぎ合わせて作り出されたものであり、どれほど優れた頭脳によって構築されたものであったとしても、そこから産み出されたものを「真実」だと言うことは基本的には難しい。ましてやそれを「真理」だという事はできない。
基本的に、「思想」というのは人間の脳みそが産み出す「技術的」な所産だと考えるべきだ。
思想は真理ではなく技術だと考えた方が冷静な判断力を得ることができるだろう。
近年、欧米、特に米国における「リベラリスト(厳密にはネオリベラルというべきか)」と称する集団が特定の思想によって人間社会を統制しようと試みている。彼らは自らの思想を強く信じており(それは信仰に近い)、それが人間社会をより良いものに導くのだとあたかも「宣教師」のような面構えである。
彼らは一見思考的に見えるが、その根拠をたどると、自分の利益と生存に対する病的な執着が彼らの行動の源泉にあり、それは極めて感情的である。この意識と行為の二重構造を理解することは重要である。執着でなければ呪いかもしれない。
しかし、彼らの試みは既に失敗しており、欧米社会は混乱を極めている。試みれば試みるほど混乱し、その先に素晴らしい社会が実現することもないだろう。
特定の人間の頭の中で技術的に生み出された思想で社会をコントロールすること自体がそもそも無謀だが、その手法がうまくいかなければ(紳士的に遂行できなければ)やがて社会に「思想の強要」をもってするしかなくなる。ここから全体主義へ移行する。
個々の人間が自らの体験に基づいて産み出されたアイデアは社会を豊かにする。
「体験」と「霊感・直観」に支えられたものから産み出されたものをより重視する価値意識はこれからの社会において重要な役割を果たすことになる。
一神教文明の影響圏内に生きる人の意識から産み出されるものは「ものごとの一元化」を必ず志向する。
一方日本のような多神教文明の勢力圏内に生きる人の意識から産み出されるものは「同時並行的」あるいは「同時進行的」のものになる。
その文明に属する人は、その文明が依拠する世界観に強く影響される。その文明の源泉に宗教があれば、仮にそれを信じていようと信じていなくてもその宗教的な価値観・世界観に突き動かされる。これは無意識的にそうなる。文明的・宗教的とは、本来意識的を越えている。
西洋人の言う「多様性」は「一元化」に向かうための「多様性」となる。彼らは同じ箱の中に異なったものを入れてかき回すことを「多様性」だと考える。このように考えると「全体主義」も「一神教的世界観」の分枝であることが分かるだろう。
しかし、日本人はそのようには考えない。異なった箱に異なったものが入り、それらの箱がいくつも並んでいる。日本人の考える「多様性」はそのようなものだ。
同じ言葉でも異なった文明に生きていれば内面の意識世界の組み立ては変わる。
日本人は日本人の感性と意識を重視した社会を構築する必要がある。
以上のことは次世代の文明を構築していく上でのヒントになるだろう。

