ドゥテルテ大統領は我々からするとかなり危ない人物のようにも思えるが、フィリピン人たちの間では評価されている、というより彼のような人間じゃなければフィリピンは変われないと感じているようだ。
長いアメリカ支配の中で、日本以上に完全に組み敷かれた状況下、貧困や凄まじい格差の問題は一向に解決できずアジアの中で「発展」の流れに乗れない。
しかし、それでも近年、アメリカなどの資本が大量に投下されてバブル状態にあると聞く。ドゥテルテのような人物が登場すること自体、ある意味フィリピンにも自信が垣間見えてきたと言えるのかもしれない。
しかし、アジア地域の中で、アメリカのくびきを脱しようとする時、中国の力を頼らねばならないという状況は結局日本が生み出した状況だ。それはアジア地域全体に、不安と、言葉にできない、あるいは反発しずらい圧力や恐怖を蔓延させる結果となっている。
日本がいくら軍事大国になったとしても、政治大国になったとしても過去のように威張り散らすようなことはないだろう(実際どの程度だったかは知らぬが)。当時は鎖国から脱した直後に急速に世界の中で強国化したために、立ち回り方をよく理解していなかったのである。口下手な日本人は、我慢して最後に怒り出すという特有の気質が災いしていたとも言える。
いまだに日本が強国になることに強烈な反発を示す日本国内のメディアを中心としたある種のオピニオンは、一種のトラウマ人間の叫び、あるいはヒステリーであって、それ自体のほうがはるかに「危険」である。
「平和」という言葉の「責任回避」がアジアを不安定化させ、最終的には我々日本にもゆゆしき問題が起きる。
そういうことに日本人自身が気づき、目覚め、意識するべきである。

