Close Menu
  • ホーム
  • 公開日順
  • 日本文明・神社・神道
  • 文明論
  • 直観・霊感的
  • 神社巡り
  • 政治・国際関係・経済
  • 日本史
  • 世界史
  • 文化・文芸的
  • 動画紹介
  • コラム
  • 魂降日記について
  • お問い合わせ
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー
最新記事

石破(出雲の呪い神)・安倍(ニギハヤヒ)・高市(ヒミコ・宗像神)を象徴する

令和8年2月23日

日本人はいまだ神々に愛されている

令和8年2月11日

日本海大海戦のような自民大勝の意味

令和8年2月9日

「令和維新」

令和8年2月7日

粛清の歴史 今後の大陸半島情勢に対する予感と日本への影響

令和8年2月7日
Facebook
魂降日記魂降日記
Facebook X (Twitter)
  • ホーム
  • 公開日順
  • 日本文明
  • 文明論
  • 言霊
  • 神社巡り
  • 歴史と政治
    • 日本史
    • 世界史
    • 政治・国際関係・経済
    • 政治・国際関係・経済(公開順)
  • コラム
  • 文化・文芸的
魂降日記魂降日記
Home»直観・霊感的

宗教的だが と言う言葉

平成30年5月26日 直観・霊感的
壱岐
壱岐
Share
Facebook Twitter LinkedIn Pinterest Email

小説や映画やなにがしかの創作物にでくわした際、それについての感想の中で、「宗教的ではあるが」という文言に出くわすことがしばしばある。

これは創作者がなにがしかの信仰を持っていてそれに触発されて創作したものであることが多いが、名作とされる歴史的な創作物の大半は「宗教的」である。

「宗教的ではあるが」と言う言葉の中には、宗教というものは自分とは関係ないもの、あまり関わりたくないもの。場合によっては何か現代人の感覚からすると少し劣ったもの。というニュアンスがある。

私の感覚では、宗教とは要するに、人間の生死を超えた存在意義を探求する姿勢のことだと考えている。

しかし多くの人は、宗教=信仰だと考えるだろう。

信仰というのは、例えば、「信じれば救われる」とか「これを信じれば幸せになる」とか「金持ちになる」とかいう類のものだ。

もっと酷いものになるとこれを信じないと地獄に落ちるとか何とか。

変な話だが、こうなってくると、人間の生死を超えた存在意義の探求とはかなりかけ離れた話になってくる。それを宗教と呼ぶんだとすると万人にとってそれほどの価値はないものかもしれない。

「宗教的ではあるが」という言葉にはこのような人間の営みの積み重ねからくる、「あのようなもの」への忌避感があるが、実はそれ自体が本質的には宗教的な話ではなくなっているのかもしれない。

そのような意味で私自身も「宗教」という言葉は好きではない。

関連タイトル

直観・霊感的

石破(出雲の呪い神)・安倍(ニギハヤヒ)・高市(ヒミコ・宗像神)を象徴する

令和8年2月23日
直観・霊感的

日本人はいまだ神々に愛されている

令和8年2月11日
直観・霊感的

「令和維新」

令和8年2月7日
直観・霊感的

正しい情報収集のプロセス

令和8年1月25日
直観・霊感的

来年以降 グローバリズム=拝金からの離脱がテーマになる ヨハネの黙示録 第十八章『バビロンの崩壊』の成就へ

令和7年12月7日
直観・霊感的

神咒 外敵から身を守る方法

令和7年11月23日
最新投稿

石破(出雲の呪い神)・安倍(ニギハヤヒ)・高市(ヒミコ・宗像神)を象徴する

令和8年2月23日

日本人はいまだ神々に愛されている

令和8年2月11日

日本海大海戦のような自民大勝の意味

令和8年2月9日

「令和維新」

令和8年2月7日

粛清の歴史 今後の大陸半島情勢に対する予感と日本への影響

令和8年2月7日

ダボス会議での片山さつき大臣参加のブリーフィング(ノーカット)

令和8年2月7日

正しい情報収集のプロセス

令和8年1月25日

靖国神社 招魂斎庭

令和8年1月25日

1月25日 靖国神社

令和8年1月25日

1月24日は三島由紀夫の葬儀の日

令和8年1月24日
© 2026 Tamafuri Nikki
  • 魂降日記について
  • プライバシーポリシー
  • 利用規約
  • お問い合わせ

検索したい文字を上のボックスに入力してエンターキーを押してください。検索ボックスを消すばあいはESCボタンを押してください。

Go to mobile version