富士山の噴火と地震史
800年代 から900年代の初頭にかけて活発化。
800年(延暦十九年)延暦の大噴火。噴火は2年間続く。これにより当時の幹線路であった足柄路が塞がれたので箱根路が開かれたという。
864年(貞観四年)に貞観大噴火。それまでは今の精進湖から西湖にかけて巨大な湖があったが大半が溶岩で埋まり、青木ヶ原樹海ができる。
5年後に貞観地震が起きる。これは東日本大震災クラスの地震で同じくらいの津波が東北地方太平洋岸を襲った。震源地は宮城県沖。
1700年代から1800年代にかけて再び活発化。1707年(宝永四年)に宝永大噴火。富士山斜面に宝永山が出現。新井白石は当時、昼でも暗いので蝋燭を灯して講義を行ったと日記に書いている。
宝永大噴火の49日前に宝永地震が起こっている。これは日本史上最大級の地震で南海トラフ型。震源地は和歌山県南方沖。当時の記録では揺れが30分から1時間続いたとあるらしいがそのくらい長かったということであろう。今の神奈川県から宮崎県まで大揺れで、津波も同様広範囲に及び、上海にまで到達したという。
また1703年(元禄十六年)には相模トラフ型(関東大震災型)の巨大地震、元禄地震(M7.9-8.5)の巨大地震。小田原が壊滅。江戸はあまり大きな被害がなかった。
幕末の1854年(嘉永七年)の安政東海地震以降昭和期に至るまで微弱ながら噴気を発するなどの火山活動が続いた。
安政東海地震の翌日、安政南海地震、翌年は安政江戸地震が起きているがどれもM8クラスの巨大地震であった。
尚、近年では、2015年(平成二十七年)、隣接の箱根山が小噴火している。また同時期、河口湖の異常な水位低下などの報告もあった。
こうして見ると千年単位で活発化しているようにも思える。富士山が噴火するというイメージがわかないが、富士山は噴火するのであるということだ。

