古事記にて天照大御神が岩戸隠れされた時、天児屋根命が「布刀詔戸言」(ふとのりとごと)を読んだ。
これが祝詞の初出であるといわれている。
対馬の太祝詞神社は森の中に静かに鎮座している。対馬の神社には鳥居が多くある。この神社にも短い参道に何本もの鳥居が建っている。
この神社は対馬では比較的名の知れた神社であるが、宮司はおらず社務所はなく、由緒の案内板もないという風で、森の中に忘れられたようにひっそり佇んでいるのである。
車でなくては訪れることが難しい神社の一つ。
祭神は天児屋根命、雷大臣命であると言うが、雷大臣命は天児屋根命の子孫で神功皇后の三韓征伐に従い、三韓まで行ったという。
その後、子の真根子は壱岐島に留まって、その子孫が壱岐氏、卜部氏、中臣氏を称したという。
それに因んだ神社ということか。裏山に雷大臣命の墳墓があるとも。







