父方の直系で一番古い先祖の墓は女性で元禄頃。その墓に不思議な家紋を発見した。
それが2枚目の写真。いわゆるダビデの星というものである。日本では籠目紋と言われている。
当時は墓には生家の家紋を入れるのが一般的。恐らく女性の生家の家紋であろう。
もう10年以上前になるが先祖の墓を訪れた時、通常墓の前面にある水鉢香炉台がなぜか一番古い墓と二番目に古い墓の間に押し込められるように隠されてあった。
引き出してみると見たこともない家紋が描かれている。専門家に聞く機会があったが隠れキリシタンではないかと。
しかし、キリシタンがダビデの星を使うというのは不自然で私は信じられなかった。
ところが、先日知人と話をしていたら面白いことを聞いた。
長篠合戦図屏風というものがあるがここに六芒星が背中に描かれた人々が信長の周囲を囲んでいる。
ネット上ではこれをもって忌部氏に関わるものだろうと。
さっそく、長篠合戦図屏風のグラフのようなものを購入した。
ところが不思議なことにその雑誌で扱われていた合戦図屏風には背中に六芒星が描かれている人々は家康の周りにいる。
この長篠合戦図屏風というのはいくつもバージョンがあるようで、自分が手に入れたものは、家康以来代々直参の家系の人が所蔵しているもの。
二つの屏風の構図は全く同じだが、描き手が違うことが明らかで色味や線、形状が微妙に違っている。
この紋章が入った半纏を着た人物たちが周囲を囲んでいる、ということが権力者として、何か特別な意味があるのであろうか?
だから信長の周囲にいたり、家康の周囲にいるバージョンがあるのであろうか?
当時はよく知られた意味を持っていただろうが今はその知識自体が伝わっていないのかもしれない。
いずれにしてもキリスト教徒でないことは明らかであるし、西洋人の風貌でもない。
信長の周囲にいるバージョンの屏風は大阪城天守閣博物館所蔵のもの。
また六芒星と忌部氏とのつながりを示す資料も今のところ見つからない。
今後も調査を続ける。
(写真 1枚目 長篠合戦図屏風 家康陣拡大 成瀬家所蔵 2枚目 自家先祖墓(江戸時代 元禄頃)にあった六芒星の家紋 3枚目 長篠合戦図屏風 信長陣拡大 大阪城天守閣博物館所蔵版)



