日本文明の構造を明確に図示する。これを世に出すのは初めてのことであり、日本文明の構造と、それが次代の文明に果たす意義を図にしたのは過去にないのではないかと思っている。
本日、平成から新たな御代を迎えるこの年の始まりにおいて、私自身、この十年ほどあたためてきた日本文明の神髄を図によって、始めて公開する。
本年はこの考えをさらに深化させ、伝播させていく。
文書よりも添付した図が重要である。
旧文明の構造(図1)
旧文明の構造は、一神教を初め、仏教を始めとする諸宗教にいたるまで、神、あるいは神々や化身と個人との一対一の直接交流しか存在しない。仏教においては大乗的な思想は、根本仏教的(テーラヴァーダ)な視点と比較してより多くの人々の救済を目的としているが、これは教義を簡略化して、誰でもその世界観に触れられるようにしたということであり、関わり方は、一神教と同じで個人の魂と、それぞれの神や仏やその化身との一対一の関係のみである、あるいはそれを重視する。
この2000年から3000年に起こったほぼ全ての宗教、あるいはそれをもとに誕生した文明の基本的な構造は、崇高なるものと個人の魂との「単一的」な関係にのみ基づいている。
このような世界においては、個々の救済を行うことができたとしても、それを支える、地域、国家、土地、価値観を共有する個々の世界全体を構造的に保護するシステムが存在せず、バラバラになる。
日本文明の構造(図2)
日本文明の構造はアジアの多神教文明とは上記の意味で異なっている。
これに対して、日本文明の構造は、まずアメノミハシラ、アマテラス、スサノオ、オオモノヌシ、オオクニヌシなどの民族共有の主祭神があり、その世界観の中にそれぞれの地域の神霊、自然神霊の世界観を包含し、さらにその中にそこに暮らす人々の先祖霊の世界を包含している。さらに地域の神霊と先祖霊に包含された世界が複数共存する世界である。
日本人が一族や種族と超越して「無意識的に」結束力の強いことの最大の理由がこれである。多くの世界の知識人たちはこれを不思議に思い、また恐れもしてきた。
神々と地域と先祖が包含的にそこに暮らす人々の魂を育む、このような世界においては、法律や契約という「仲介手段」を重視せずとも、人間社会が無意識のうちに保護される。
神々と土地と先祖に関わる諸神霊、諸霊に包含されているから、無意識のうちにその地域、国家に共有の意識が生まれ、家族的な世界観が構築されている。また必要な知識が自然と生まれ出ることもあるだろう。
日本人は自らの社会を当たり前のように暮らすことの理由の一つにこのことがあるだろう。日本は西洋のような「意識的な社会」ではない。
意識的に世界を構築するということは、その根本に「互いの反目」ということがある。神と個人との直接交流を基にする社会には、個人と個人を緊密化させる手段が自らの社会内に存在しにくいのである。
日本文明は、人が自らの世界を意識的に構築するのではなく、自ずと構築されている世界の中に生きている人々が生活する世界である。
これまで世界の人々が日本文明の不思議を、なぜ日本が世界の中で特異な価値観を持ちつつ、世界史の中心に躍り出たのかについて疑問を持った。
しかし、過去の文明観でいくら考えてもそれを解明できるわけがないのである。
そしてそれを日本人自身も自らの文明の構造について解説することができなかった。日本人は意識的に生きなくてもおのずとその世界観が構築されてきたことがその要因であるが、日本文明には、極端な言い方をすると、「頑強な思想を必要としない」世界であるからである。
しかし、それでは、自らの文明を世界に伝えることもできないし、またこのままではその世界観の重要性を悟ることなく消失する危機もある。
今後日本人は、自らの文明の構造を世界に発信していく必要がある。
次世代の新文明の世界観(図3)
日本文明の構造をそれぞれの文明の構造の中に取り入れることができれば、新たな世界文明が誕生するだろう。それぞれの文明に暮らす人々の魂と、その文明の軸となる神霊、霊魂とによってその地域、民族、文明圏、価値観を共有しつつ、別世界ともゆるやかなネットワークを構築していく。
もちろん、そのプロセスは容易ではない。
しかし、これが実現されなければ、世界は暗黒の世紀に突入し、拝金主義、暴力主義、権威主義、差別格差主義が横行することになるだろう。
経済至上主義に伴う、経済優位の国家に、その他の地域の人々が移動し、結果格差と差別社会を促進するだけでなく、優位の社会の価値観も崩壊し、そればかりか、移動元の国家や地域はますます疲弊し、そこにある価値観や文明も消失していく。
今現在行われている経済至上主義にもとづくもろもろの現象は、結果的に「文明の消失」を促進するだけであり、いわば「人類文明の自殺現象」であるとしか思われないのである。
本来は、それぞれの地域や世界が、多少の発展段階に差異はあったとしても、それぞれ安定的な社会であり続けることが理想であるが、それに逆行するのが現代であろう。
その唯一の解決方法こそが日本文明の中に隠されているのである。



