去年からある実験をしている。
自分は子供の頃から背中から首にかけて違和感を感じることが多くあり、それが自分の人生や精神生活にどのような影響を及ぼしているかは分からないが、昨年あたりから、寝る前、就寝中の眠りの浅い状態、起きがけの数十分から数時間、祝詞を唱えるようになった。
自分の意識の深いところに言葉を焼き付ける効果がある。
日本の職人が技術を習得する過程で、
考えないこと
無心でいること
そういう状態で体を動かすこと
を重視するが、
手作業がこういう意識下で丹念に行えるようになるには十年とかそれ以上の長い年月を要すると言われる。
体で覚える。ということは思考を挟まず深い意識から物事を行うということである。
日本人の優れた資質とは、こういう能力あるいは文化的土壌と関わりがある。
イチローを見ていると「日本の職人」を思い出す。好例である。
日本の武道もそうだが、こういう土壌の源泉には神道がある。
従って、自分は祝詞を使う。
ホオポノポノというハワイ神道的な発想を習得したことも大きなヒントになった。
自分の目の前に起きていることは、全て自分の過去(先祖、前世などを含む数万年からの)の記憶による。
愛しています/ありがとうございます/ごめんなさい/許してください
の4つの言葉を自分の潜在意識に呼びかけることで、その「記憶」をクリーニングする。
「思考」の源泉を浄化することで、聖なるものと繋がるきっかけができる。
そこから与えられた知識は「正しい知識」であるという。
私はこの4つの言葉の代わりに祝詞を使う。(自分にとって馴染みやすい言葉を使えば良い。アーメンでも南無阿弥陀仏でも。)
その過程で幾つかの知識や経験を得て、この背中から首にかけての違和感についても思うことがあった。
何がしかの意識体と意識の上向き下向きの関連性。
今年はこれを進めて、自分の意識や知識あるいは生活にどんな変化が起こるのか(あるいは何も起こらないのか)について探求を進める。
今年も来年も世の中はますます変動するだろう。
しかし、こういう時、人もまた、良くも悪くも大きく変わりうる時である。
(写真:富士山本宮浅間大社、エーテル体図)




