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広島の夜 – 小早川隆景と三原城を想う

平成28年12月30日 コラム
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広島で宿泊するのは意外にも初めてのこと。調べてみると、広島市は、人口比に比べ、飲食店の数が多い比率が日本一だという。

広島駅から市電で5つほど行くと、胡町(えびすちょう)というところがあるがこの辺りが夜の中心地。

繁華街を歩いていると胡神社がある。広島に到着したのがすでに22時近い時間だったので、既に門が閉ざされていたが、大きな案内板には、

「この御祭神は毛利元就公の御先祖様です」

と書いてある。恵比寿さんがどうしてそうなっているのかと思うが、恐らく天穂日命か何かが御祭神でそれが何かの拍子に恵比寿様と習合したんだと思われる。

とは言え、こんな神社に出くわすのは中国地方以外なかろうという思いで、しっかりと手を合わす。

何だかいい気分になってきたので、牡蠣を食ったり、名物くさいネギラーメンを食らう。創業51年の龍王とかいう中華屋のネギラーメンは異常に美味かった。

いい気になっているうちに11:00を過ぎてしまった。人混みはそこそこあるのに停留所には誰もいない。

すると私の後にもう一人、年配の男性がやって来た。

「もうないかね」

私は、時刻表を見ると数分前に終電が過ぎていた。

「終わってますね」

「駅までですか」

その人が私に言った。

「そうです。」

「なら一緒にタクシーで行きませんか?」

私は前方から来る「空車」に向かって手を上げた。

「市内にお住まいですか?」

そう私が聞くと

「いえ呉です。」

「そうですか。」

前日、知人に連れられて横須賀に行っていたので、何か急に親しみを感じた。

「そうですか。私の父は海軍でした。江田島の話をよくしてました。」

というと、急に心を許したようになって、

「そうですか。最近自衛隊の数が増えてましてねえ」

「そうですかぁ。日本もアメリカさんにばかり頼っているわけにはいかなくなってるから、呉もこれから忙しくなるでしょう。」

と言うと、とても嬉しそうに微笑んでいた。

別れ際に、固い握手をしながら、

「ありがとうございました。お元気で。」

と。その時、その人の顔が昔会った人とそっくりだったことを思い出す。

大学生の頃、自分が初めて一人で広島に来た時、三原という駅のホームのベンチで電車を待っていた。

瀬戸内特有の明るい日差しの下、ベンチから三原城の方向を眺めていた。

三原城は、小早川隆景の居城であり、隆景は瀬戸内水軍を束ねる武将である。毛利元就の三男坊。私は理由もなく若い頃から隆景が好きだった。

すると、私の隣にいつの間にか初老の紳士が座った。

そしていきなり私に話しかけてきた。

「あなた。随分親不孝してきたな。」

いきなり言われたので非常に驚いたし、腹が立った。いったいこの人は何なんだと。

「私にはわかる。自分も随分親不孝をしてきたから。」

少し間をおいて

「親を大切にしなさい。」

そう言われた直後に電車が来た。

私はろくにその老人に挨拶もせず電車に乗った。ところが直後、電車にもホームにもその老人は見当たらない。

私はイライラしていたが、正直、図星であった。

私は父親と喧嘩ばかりし反抗ばかりしていた。

親と子というのは不思議な繋がりがある。それは理屈をはるかに超えている。

腹立たしい近親ほど縁の深いものはない。

その後の自分の人生と父親との繋がりはそれを確実に示している。自分の人生の意義を見出す、ある種の「確信」は父との繋がりの中で得られたと言える。

この話をするのは初めてのことであるが、それを広島でするというのは奇遇というしかない。

タクシーで同乗した年配の男性の目を見た時、思い出したからである。

生まれてから今に至るまで、自分は愛知県から東にしか住んだことがない。しかし自分のルーツは中国四国九州である。

もしこの地域に生活拠点があったら、自分は何のストレスもなく人生を送ったことだろう。

不思議なことに人間はストレスをかけられることで、目覚めることもある。

ユダヤ人が自分の故郷を失ったのと同じように。

しかし私の魂の故郷はこの辺にあることは疑いようもないと人生を振り返って感じるのではあるが。

(写真: 小早川隆景 と厳島神社)

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