神社など巡っているいるといろいろ不思議なことが起こる。
7年程前、なぜか北朝鮮のことが非常に気になり、新潟、富山、石川などの神社を巡った。
これが以降の自分の全国神社巡りの起点になった。
もちろんそれ以前にも巡ってはいたが、もっと軽い感じのものだ。そのちょうど一年後東日本大震災が起こった。
北朝鮮では何もなかったけれど。
自分が廻った場所のちょうど対岸あたりで変動があったことになる。
今回の福岡行というのはその時の気持ちに近いものがある。今回は、韓国と中華人民共和国である。
平成28年中に必ず行かなくてはならないという気持ちだったので、いろいろ無理をして強行した。
いつも自分が神社巡りを誘発されるのは、朝鮮半島情勢が関わっている。
今回どうなるのか。どこで何か起こるのかそれは分からない。良いことも起こるだろうし、悪いことも起こるだろう。
しかし、それは大きな意味があるものと思う。
私がそこへ行ったからそうなるなどという思いあがった心ではなく。そこで何かが起こっているから自分が呼ばれて行っているだけのことだ。
他にもいろいろ不思議なことがある。
知人に関わる神社が長野にあり、他の人からそこへ行ったほうが良いと言われていた。
しかし、後回しにしているうちに、長野で震度6ほどの大きな地震が起き、その神社の灯篭が壊れたり、参道の石段が崩壊したりなどの被害があった。
正直驚いた。
「お前がもたもたしているからだ。」
と参拝を進めた人が言ったが、笑えなかった。
それから、もう一つ、熊本の阿蘇神社。
阿蘇には、自分の親族がいて、そこにいる人はここ数年いろいろとお世話になっていた。
「阿蘇神社にも行きたいし、近いうちに必ず行くから」
と言い続けていて、なかなかいくことができなかった。
そうしたら、熊本に大地震が起こって、阿蘇神社が崩壊してしまった。
自分が行かなかったからそうなったなどという大それた話をするつもりは毛頭ないのだが、行かなくてそうなった、というのはどうしても気になる。
しかもそれが二回も続くとやはり無視できない。
しかし、結局この二つの神社にはいまだにどうしても行くことができない。
神々の世界というのは、関わっているといろいろ不思議なことが実際に起こる。
これは真剣に向き合えば誰にでも起こることだと私は思っている。
(写真;筥崎宮と楼門の額)

