チベット死者の書によると死後は以下のようなプロセスを辿ることになるという。
人間の死後、何日かたつと目が醒める。人によっては数十分後の場合もあるという。
この時はまだ中有界という場所に魂が彷徨っている状態だが、ここで導き手のような存在が、その魂に「悟り」を促す。
初めは優しく、穏やかな光のような形で促すが、それでも分からないと、次第に恐ろしい形相の忿怒神(ふんぬしん)となって現れる。
最後は閻魔大王のような存在となって現れるが、ここでも悟れない場合には、ついには地獄などへ落ち、再び人間に再生するのである。休むことなく母胎へ直行する魂などもあるのだという。確か、人間以外の動物であることもあるという記述があったように思う。
この期間が「四十九日」というわけである。この期間は七段階あり、7×7=49日というわけである。段階を踏んで恐ろしい状況が増して行く。
だから四十九日には親戚が集まって「最後の一押し」をするという意味があるのだろう。
「おーい。頼むから行ってくれよ!」
「お逝きなさい!」というのがあったけれど。
私の母と父が他界した時、これを読んだものだ。というのはこの文章を死者の枕元で読めと書いてあったからである。母親の際には何か反応を感じた記憶がある。母親は死後しばらく表情が動いた。
ちなみに生きている間に高い悟りを得た魂や意識体は、このプロセスを辿ることなく一気に中有界の上層である冥界や霊界、場合によっては神界とか仏界のようなところへ行くのだそうだ。
しかし、何も死後の話に限らずともこのようなことは日々感じられるところであり、自分もまた例外にあらず。
私も日々忿怒神に追われていると感じることがある。
原典訳 チベットの死者の書 (ちくま学芸文庫)

