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「鎮守の杜」のような磁場の復興を思う

平成29年4月17日 日本文明・神社・神道
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人と人が繋がり、それが世界中に広がれば、みんなハッピー。みたいな発想は戦後リベラル的なものの考え方の基軸にある。

しかし、人間と人間が繋がる、ということが無限に広がるという行為「だけ」で人間社会がハッピーになるのか。

親子、夫婦、恋人、友人。こういった極めて親密な人間関係でさえ、昨日まで愛し合っていたものが今日には憎しみあい、罵り合い、別れ、場合によっては殺しあっているのが人間社会の現状だ。

そんなものが無限に拡大してみんなハッピーなどという単純な話はあり得ないことなのではなかろうか。 近代以降の個人主義は人間を人間が統御できるという発想。これは人と神を切り離し、人の意思や理性だけで人間社会を成立させようとするある種の「唯物主義」。これはマルクス主義や社会主義にも通じたところから来た発想だが。

こういう発想は、ここ数十年来、特にアーティスト系の職種などの人々に極めて多いパターンだが、元来アートというのは、「神への捧げ物」として発生したものだ。それが神と人間が切り離されて、このような発想になった。

私から見るとこういった、近年のアート的なるものは、なんだかスケールが小さく、影響力のオーラのようなものが弱いように感じている。

しかし最近になって、アートの世界にもこういった発想からの回帰現象があるようにも思われるが。「信仰」が必要だということを言っているのではない。発想の、視点の問題だ。

一方で北朝鮮やかつてのソ連などの風景や人を見る時、何か非常に殺伐とした、荒涼とした寂しさを漂わせた風景。人間がロボットのように無表情で荒涼とした、あるいはどことなく寂しげな表情。そういう状況を見るにつけ、唯物主義という、「魂の理由付け」を失った国家にいる人々は、それ自体が行き場を失った亡霊のように見える。

所詮人間の「つながり」や「権力」だけで人間社会を制御することなど不可能なのである。

日本には、「鎮守の杜」という発想があったが、戦後、日本的な文化のあり方が「断ち切られ」しだいに廃れた。

人と自然と神々や精霊との繋がりの場。

そういう「磁場」のようなものが人間、すなわち「魂」には必要なのである。

日本の地方の疲弊と「鎮守の杜」の衰退とが一致しているように私には思える。

「田舎暮らし」といってみたところで、多くの人を惹きつけるには限界がある。

人がそこに留まるには言葉や理屈を超えた「魂レベル」からの理由付けが必要だからである。

その理由付けを失えば、人はそこを離れ、物理的に「生活」を豊かに、楽しくしようと考えて「都市」へ向かうしかなくなる。

それだけの理由ではないが、都市への人口の一極集中という現象は、人間の「魂」の絆が「土地」から、絶たれ、消失していったことと大いに関係があると私は感じている。

しかし、最近思うが、都心の神社の方が地方の神社よりも参拝者が多く活気がある。そのように感じることが多い。不思議なことだが。

通勤途中の会社員。昼休みどきの近隣のOLや学生。子供を連れての主婦や、観光で来た女性の集団など。 十年ほど前まではそういうことはなかった。

もうこのまま朽ち果てて行くのかと思って見ていた都心の、人一人いないような神社が、参拝者に溢れて活況を呈していることを、ここ数年しばしば見るようになった。

神社ブームということもあるけれど、人の魂がこの場所へ来て、新たな「魂の絆」を構築しようと模索しているような気がするのである。

「鎮守の杜」でみんなハッピー、とも言えないが、人の繋がりだけで支えられる社会よりははるかに重厚かつ深淵であり、人間社会を安定化させる方法であると私には思える。

「鎮守の杜」というものにも、いろいろな新しい発想が起こってきても良いのではないかと思う。

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