思いついたら、感じたら、気づいたら、なにかが降りてきたら、すぐに書く。
あまり長々と考えない。書くことと内面を一体化させる。
長々考えていると、本質がどんどん剥がれ落ちていく。
考えすぎた果てに書く文章は、出し殻のようなものになっている。
夢を見て目覚めると、しばらくは覚えているが、時間がたつと忘れてしまう。
物事の本質の世界、本質の「気づき」とはそういうものだ。
従って、とにかく一気に書いていく。書く時間は短い。書いたら多少調節する。
そういう習慣をつけるためにかなりの頻度で書いている。
自分のための訓練のようなものだ。
自分はあまり肉体的にそれほど行動的でない故に、せめて文章くらいは行動的でありたいという思いもある。
そのうち半永久的に書き続けられるようになれば理想的ではある。
心や魂の活動と文章が完全に一体化すれば理想。
それが自分の文章陽明学だと思っている。
知行合一ならぬ、心書合一、魂書合一とでも言おうか。
無限でありたい。無意識の無限の中で書いていくのが理想。

