よく刑事もののドラマを見ていると、
「真実を知りたければ足を使うことだ」
そういうセリフを聞く。そして、原則やデスクワーク中心のキャリア官僚の理屈と対峙するというようなシーン。
面白いことにこれは歴史にも当てはまる。
「歴史の真実を知りたければ足を使え」
そういうことだ。資料を吟味することも重要だが、足を使って得られる以上のことを、資料を吟味することで得られる可能性は少ないだろう。まず足。その上で資料。
足を使わないということは目隠しをして進んでいるのと同じことだからだ。
不動産を探すとき、間取り図や資料だけ見ても、どんなところか分からないが、実際に行ってみれば、自分にとってそこが良い場所か悪い場所か一瞬で分かる。それと同じだ。
実際にその「現場」に行ってみる。そして現場に漂う「匂い」を嗅いでくるのだ。
これも刑事物と同じ。「現場に漂う匂い」が重要だ。
「行き詰ったら現場に戻れ。」
これも刑事物によくあるセリフである。
かならず匂いは残っている。
匂いを嗅ぐということは、その現場に居合わせた人間やその土地に由来する霊魂と一体化することでもある。
彼等の言葉を直接聞くためには、そういう方法によるしかない。
その土地に行って何かを知りたければ、その土地に由緒深い神社をまず参拝する。
まずご挨拶をしてお話を聞かせてもらう気持ちが重要であろう。
(写真:鶴岡八幡宮)

