民主主義というと、金科玉条の如く言うが、そもそも民が主となるだけの価値があるのかと思うことの方が多い。
私自身もその民の一粒に過ぎないが、民などというものは所詮欲望と都合の集合体に過ぎない。
しかし、
「民が主となるくらいなら神々が主となったほうが良い」
などと言うと危ない人間のように思われることになる。
とは言え、むしろ危ないのは民のほうではないのか。
世の中は本末転倒のことが多い。
そこまで民が主となりたいのなら、主となるだけの価値を民が身につけることが前提条件となることが民主主義なるものにとっての最低限度の基礎とならなければそれは暴論である。

