古事記・日本書記は捏造の偽書か?
古事記・日本書記は嘘を書いていると考えることは日本人は嘘つきだと言っているのと同じことになると私は思う。
しかし記紀に嘘はないと言ったからといって、そこに書かれていることが100%間違いがないという意味ではない。正しく書いているつもりでも間違いはある。
さらに、古事記・日本書記は藤原不比等らの支配勢力の書いた歴史書であってそれ以前の歴史(主に神武以前の歴史)を正しく書いていない、あるいは抹殺しているという説もある。 それはある程度正しいだろう。古事記・日本書記は主に日向系の史書であって、出雲系の歴史を主とした史書ではないことは明らかだ。
だからと言って記紀が嘘を書いていると考えるのは間違いである。
しかし、あえて書かない。表現を変える、伏せると言った表現になっている場合はあるだろう。しかし、遠まわしに「それ以前の歴史」を伝えようとしているのだと考えるべきではないか。
もし日向系の支配勢力が、それ以前の権力の抹殺を考えたとすれば、出雲大社や大神神社などとうの昔になくなっているだろうし、出雲国譲りや饒速日に関連する三輪系の歴史などもあえて記紀に記載する必要はないだろう。そしてもっと明確に「悪者」扱いにして記述することはいくらでも可能である。
地域に残る風土や気質を「肌感覚」で敏感にとらえながら、諸国風土記や古代氏族系の史書などの記紀以外の史書、諸国の各神社の由緒など、出雲系あるいはその他の系列地域の歴史と記紀とを総合し、さらに支那・朝鮮の歴史書や史蹟などとを照合する。
さらに、最新の歴史的科学的発見や検証を兼ね備えることで古代の真実、日本史の真実は浮かび上がる。
戦後朝日新聞に代表される「戦後左翼」的人間が日本の古代史を軽んじ、「偽物」呼ばわりして馬鹿にして、「日本文明」を貶めてきたが、他ならぬ彼等こそ歴史の捏造を繰り返してきた張本人であることを忘れてはならない。
人間というのは、自分が嘘つきだと、他人も嘘つきだと思うものだ。だから、記紀を制作した人々も自分に都合よく嘘を書いて、歴史を捏造したに違いないと思い込む。
中国や韓国の「歴史認識」というのは、時の勢力に都合よく何事も作り変えることを常識とするならば、彼等(朝日新聞的な人々)はどちらかというと、日本人的ではなく、中国的・韓国的な歴史観を持った人々に違いなかろうと私は思う。
真の日本人ならば、日本人の作り育ててきたものに対して敬いの心を持つに違いないからである。
(写真:賣太神社【めたじんじゃ】稗田阿礼を主祭神とする奈良県の神社 出典 jalan.netより)
古事記・日本書記は捏造の偽書か?
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