『水鏡』は、鎌倉時代初期の作品と言われている。初代神武天皇から、五十五代仁明天皇までの天皇紀である。
一般的に、仁明天皇は第五十四代であるが、この書では五十五代となっている。
見てみると、神功皇后が第十五代として天皇に数えられている。
もと水鏡の天皇紀は、平安時代後期成立の『扶桑略記』という歴史書を引いていると言われている。
このことから、神功皇后を天皇として数えられる考え方があることを示唆する。
神武天皇について、
「御母海神の女玉依姫なり。又まことの御母は、海に入り給ひて、玉依姫は養ひ奉り給へりけるとも申しき。」
海神族の主な拠点は、福岡から対馬付近であることを考えると、対馬の和多都美神社は、玉依姫の重要な縁地であろう。神社裏には陵墓と伝えられる場所もある。
一般的に、宮崎日南市付近が縁地とされている。恐らく後の縁地だろう。玉依姫を祀る神社は、長崎、山口、島根、鳥取が多く、次に宮崎である。
「まことの御母」とは玉依姫の姉と言われる、豊玉姫のことであると思われる。普通、神武天皇の祖母ということになっている。豊玉姫を祀る神社は、長崎、鹿児島、宮崎、香川、徳島が多い。
「神世より傳はりて劔三あり、一はいそのかみふるの社にます、一は熱田の社にます、一は内裏にます。又かがみ三あり、一は大神宮におはします、一は日前におはします。一は内裏におはします、」
とある。
三種の神器と言われるが、禁秘抄などでも、神器はもと、劔と鏡であったとあるが、ここでも劔と鏡の記載がある。
「一は日前」というのは、和歌山県の日前國縣神宮(ひのくまくにかかす)のこと。
日前國縣神宮の社伝では、かがみは三つ作成され、そのうちの二つがこの神宮にあるという。(日像鏡/日矛鏡)
別の説では、これは二鏡ではなく、一鏡、一矛とも。
(写真:神武天皇陵 橿原市HPより)

