このままではこの国が滅びる(?)
といった話やコメントや提言などが主要メディアなどで語られる時、ほぼ毎回その論理的展開に大きな違和感を感じる。
日本の国益、日本人の国益、国家観。
こういったものの本質が語る側の人間に欠落している、あるいは歪んだ状態で取り込まれているために、非常に表面的な、その場しのぎの、現在の状況に条件的・無条件的に反応しているだけのような理屈だけを強調して報道する。
ウクライナの復興支援は重要な課題ではあるが、金を出してその金がどのように使われるかについての詳しい解説はほぼないだろう。そしてなぜ日本人の税金にウクライナ復興のための資金が投入されるのか、ということも含め詳しく解説されることはない。こういうことも主要メディアが信頼感を失う原因だ。
また一方、「首切断事件」に関する事細かな報道を散々聞かされた挙句、それが自分の人生や、生活や、この国の行末に何の関係があるのだろうか?どうでもいい他人の人殺しの話で時間の大半を費やす。
テレビを見ているとある種の一体感のような感覚に包まれる。日本社会全体と「自分」が共有状態にあるような錯覚に陥る(陥らされる)。
何か「ぬめっとしか感覚」に包まれる。
そういうことを含めて不快である。
