江戸城鎮護の社とされ後江戸の鎮護、明治以降は皇城・東京の鎮護神とされた。
比叡(日枝)山を由来地とするが、主祭神は、大山咋神(おおやまくい 別名:山末之大主神)とされ、神社HPでは素戔嗚の子、大年(大歳)神の子とされる。
大年神は饒速日だと言われる説がある。三輪山の祭神は大物主とされるが、日吉神社では三輪の神を大宮(西本宮)、大山咋神を二宮(東本宮)としている(國學院大学HPによる)。
大年神と大物主神は同一と言われる説は、「古代日本正史」以降よく言われる説となっているが、國學院の記述からもその可能性はある。
江戸時代は徳川家の氏神とされたが、徳川家の本拠地である愛知県岡崎市は、物部守屋の死後、その子真福(まさち)が隠棲し神社仏閣を多数建立し今に伝わる。持統天皇がこの地を訪れたことでも知られる。
國學院の記述によれば大山咋神と秦氏、松尾大社との関係についての記述もある。不思議なことに岡崎は、聖徳太子の命を受けて秦河勝が寺を建立するために滞在した記録がある。同地に秦梨という地名があるがこれに因む。
物部真福が聖徳太子に寺の建立を願ったことにより秦河勝が遣わされた。
徳川家の氏神は日枝神社とされたがこのような縁があるからだと思われる。





