もう2年ほど前になる。車で九州の最南端へ行った。知人が岬マニアで日本中の岬を見て回るのが趣味だという。私はその頃、日本の神社巡りを誓願のように感じ巡礼中であった。自分のルーツは、中国、四国、九州地方であるのに、その付近の神社へはほとんど行く機会がなかった。
二人の思惑の一致もあり、知人を車に同乗させ、九州へ向かった。
本土最南端は、大隅半島の「1.佐多岬」である。
知人の都合から、ある日の昼に横浜を出発し、その日のうちに佐多岬まで車で17時間ほどぶっ通しで走り続けた。佐川急便のお兄さんでもこんな無理はしない。しかも、その後休まずに、本土最西端神崎鼻(長崎県佐世保市)まで行ってくれという。
宿泊地の佐世保のホテルに到着したのは次の日の午後8時頃だったか。「限界走行」であった。佐世保で一泊すると、知人は何食わぬ顔で帰京した。
「どうも。助かったわ。じゃあまた。」
その後、長崎市〜平戸〜雲仙経由で、阿蘇の南部から九州を横断し、宮崎県の高千穂に到着。その後、宇佐八幡を経由し、大分からフェリーで四国へ。大分県別府付近の佐賀関というところから、愛媛県の「2.佐田岬(佐田岬半島)」という恐ろしく細長い半島に到着。松山を経由して、瀬戸内の大山祇神社を通り、瀬戸内沿いに萩を越えて、出雲方面へ向かった。
出雲地方でも多くの神社を巡ったが、非常に印象に残った神社の一つが、「3.佐太神社」であった。
サタという地名や場所に取り憑かれていた。不思議であった。
「またサタか。」
佐多→佐田→佐太
こんなことがあるものか。
出雲の後、中国を南下して吉備を巡って、奈良方面へ。
(写真 地図、佐多岬、佐田岬半島、佐太神社)




