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日本の農地は10年後以降に大変動する
地方を車で走っていると、誰しもが確実に感じることがあるはずである。
「誰もいない」
十分走っても人がいない。
普段東京にいるから気づかないが、こんなにも人というのはいないものかと。
ごく稀に人影を見かける。
田畑で農作業をしている。
しかし、そのほとんどが高齢者である。70前後か。
「あと十年したら日本の農地の大半が休耕地になるんじゃないか」
確実にそうなるだろう。
問題はその時どうなるかだ。
これはほぼ確実に、そうなるだろうと思うが、農業は集約型に移行するだろう。
しかしそれを、「外資」がやるなら悲劇である。イオンやドン・キホーテがやるのはまだ良い。三井・三菱やトヨタがやっても良いだろう。
日本の行政は護送船団でも何でも良いから、国家として農業を守っていくという方向を、今の段階から考える必要があるだろう。
伯耆国 二ノ宮 大神山神社
二ノ宮が一ノ宮よりも栄えているということはしばしばある。
大山を御神体とした神社で、ご祭神は大国主命ということになっているが、あまりそういう感じはしない。本来の霊山信仰から出来た神社であろう。
自分がここ数年見てきた中で、霊山、すなはち霊的であると感じた山は、大山と鳥海山かと思う。他にもあるかもしれない。しかしこの二山がこれまでのところ特に印象的である。
その山容を見た瞬間、手を合わせたくなる山。
「なにごとの おはしますをば しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」
とは西行の伊勢神宮参拝の句であるが、霊山にもそれがある。山には「畏怖」の感覚も加わるだろう。
大神山神社奥宮本殿は、権現造の神社本殿としては、日本一の大きさ.であるという。
典型的な修験との習合神社であり、江戸期までは神仏習合しており、神社下には大山寺という寺もあり、寺下は行者が寝泊まりする宿坊街があり、今でもその面影を残している。
写真では分かり難いが、本殿は横長で非常に大きく、正面左側には、摂社下山神社の社殿があるがこれも立派な作りであり、境内までの山道を含め重厚な面持ちである。
後醍醐天皇は隠岐脱出後、当社にて鎌倉幕府打倒の祈願をしたという。
