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今日の国際社会の動きを見て感じたこと

トランプ政権が中国に対抗して貿易戦争をしかけており、両国の関係に緊張が走っているといった論調の一般メディアの報道がある。

中華人民共和国に対して否定的なのは、トランプ政権であり、彼がそれを仕掛けているのだという話は、事実でもあり不十分な情報でもあるのは、トランプ本人よりも、米国議会全体として、それ以上に対中強硬策に傾いているという現実を見る必要があるのだろう。

トランプは米国全体に漂う「風潮」に乗っかりつつ、またそれを以前から指摘する一人でもあったが、かつて、レーガン政権が、ベルリンの壁崩壊後、結果ソ連崩壊へと導かれたのと同じプロセスで中華人民共和国という国家に対する戦略を進めつつあるのは、ほぼ間違いないだろう。

これはもう、単なる貿易戦争の枠組みを超えつつあるということだ。

彼、というよりも彼等は本気でそこまで考えており、そのための「からくり」やら「やり取り」やら「駆け引き」を進めており、その流れの中での朝鮮半島問題を考えたとき、南北の戦争状態を終焉させることは、東西ドイツの分裂を終結させることと同義であり、それはすなはち、ソ連の崩壊と中華人民共和国の崩壊は同義ということになる。

ベルリンの壁崩壊が起こったのは、平成元年であった。

朝鮮半島情勢に決定的な変動が起こるのもまた、次の御代代わりにリンクするだろう。

半島の歪みが消え去り、中華人民共和国が崩壊したならば、統一半島国家がどのような方向性を向くかは、全く見えない面も多いが、中国が共産党政権の崩壊と同時に国家分裂を起こし、湾岸寄りの新国家が洗練された資本主義社会への構築に舵を切ったならば、半島はその新国家に従属するかもしれないし、米国が自ら半島情勢全体にコミットする意思を再び示すことになったとした場合には、新中国が資本主義的色彩を見せたとしても何等かの対立軸がそこに生まれるだろう。

どれほど、中国が洗練されたとしても、香港やシンガポールのような商業国家として栄えるのは湾岸地域の限られたエリアになるだろうし、それ以外の地域においては、いくつかの地域はかつてのソ連のウクライナやグルジアやベラルーシやバルト三国のように分裂離脱し、いわゆる「中原」は現在のロシア的な国家体制が非共産党体制下で継続してゆくであろう可能性が高い。

日本は相変わらず昼行燈のようにゆらゆら揺らめきながら、行方をただ見守るだろうが、今後10-20年後の日本の形というのは、新しい御代が定まり、ある種の「空気感」「雰囲気」の中からしだいに読み取りつつ明らかにしてゆくしかない。少なくとも現状ではその程度のことしか浮かばない。

戦後すっかり商人(あきんど)国家になった日本は、インバウンドで金を落としてくれる人々を歓迎するのは良いとしても、魂まで金儲けのために平気で売るようなことだけは避けたいものだが、国家の方向性というものもまた先行き長いスパンで考えると読めない部分もある。

いつまでも日本がただの商人国家であり続けるのか、あるいはもっと別の価値観を国際社会に現すことができるのか。それをよく見ていかなければならない。

世界の中における文明史的視点にたてば、日本がただ昼行燈であり続けるならば、それは世界における悲劇をもまた意味することになるだろうと私は確信している。

しかし、日本にそれが起こるとしてもそれはまだ少し先の話になるかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181008-00000048-jij-n_ame

出雲大和の国譲りは明治維新にも大きく影響している

歴史は同じことを繰り返すが、どんな歴史にも核となる源泉が必ず存在する。その源泉から次第に雪だるまのようにその後の要素を付け加え、表面的には形を変えつつ次の歴史を形成していく。

古代史を見ていると、同じようなストーリーが出てきて、しかし名前が違う。ということがしばしばある。

伝わった地域が違うと、人の名前が変わることもあるだろう。だから、歴史家はしばしばそれを同じ話だとして片づける。

そういう側面もある。しかし、歴史は同じ事象を繰り返す、ということをしっかり認識する必要がある。

現在の鹿児島県に起こった日向系勢力が、現在の島根県にある出雲勢力と向き合うと、国譲りが起こるが、一部反乱軍は東方へ逃げる。今の諏訪である。

初めは敵対していた、日向、出雲の勢力はその後和合して、大和中心部へと軍を向ける。

連合軍は、大和勢力に国譲りを迫り、大物主は了承するも、長髄彦は反乱し、東方へ逃げる。今の東北地方へ落ち延びたという説がある。

日本の場合、大きな政変、政権の交代などが起きる場合、必ず西から起こって東を制する。そして旧勢力は東に逃げる。これが定石で古代から現代にいたるまでこれを繰り返している。

足利氏は、東から西なので、違うようであるが、尊氏は一旦敗退して九州へ落ち延び、兵を立て直して東へ向かうのでやはり定石に従っていると言えるだろう。

徳川は東から西向きの勝利で異色だが、権力の基盤を整えたのは、西の三河から東の江戸へ向かってのことであり、源氏が西から東の鎌倉に拠点を移したのと似ているだろう。奇しくも頼朝が生まれたのも家康と同じ愛知県である。頼朝もまた西軍の平氏を破ったが、その後仲間割れが起こり、義経は東へ向かった。

古代から現代に至るまで、権力の基盤は、室町時代を除き、しだいに西から東へと移動している。しかし、この法則が将来も続くかどうかは何ともわからない。

鹿児島にあった薩摩勢力が、敵対していた山口の長州勢力と和合して、江戸へと向かう。この図式は古代の日向、出雲勢力が神武東征した経緯と全く同じである。

明治維新は古代の日向、出雲、大和に起こった事象の繰り返しの現象であることは明らかである。明治維新においては、かつての神武天皇のように、明治天皇という存在を大きく浮かび上がらせることになった。ある種の復古だと言えるだろう。

このように見て行くと、古代日本に何が起こったのか。国譲りとはどのような背景を持ち、経緯を辿ったのかはおのずと想像することができる。

徳川慶喜が、大政奉還したというのは、国譲りそのものであって、出雲や大和で起こった国譲りの経緯と差異はないものと判断する。

古代大和の支配者の目線から見た時、西からやってくる勢力には何等かのシンパシーがあったに相違ない。同時に現政権の構造的欠陥も支配者の目線からみて明らかであったのかもしれない。

ただ、明確に言えることは、古代から現代にいたるまで、日本の国土に出現した支配者、特に大きな政変が起こる時、交代の役割を担う支配者が基本的に賢明であったことだ。自分の権力や利権にしがみつき、どんなことがあってもこれを手放さないという欲があったなら、「国譲り」は起こらない。

国譲りが起こらなければ国土の分裂が起こり、とてつもない怨念が残ることになるだろう。それは最終的に、朝鮮半島のような国家分裂を引き起こす元凶になる。

とはいえ、支配者がかくほど賢明であっても、それに従う忠誠心の篤い人々は、そんなもの分かりの良さに我慢できない。かつて、建御名方や長髄彦が東へと向かったように、会津、長岡らの旧幕臣達ら一部勢力もまた東へと向かう。東の果ての函館まで。

支配者にさほどの怨念は残らないが、下で忠誠を誓う者達の怨念はかなり長い時間尾を引く。どれほどそれが長いのか。それは、古代から現代まで繋がっている。

魂の源泉は同じだと私は思っている。理屈ではないのだ。だから同じことが繰り返し起こる。

しかし、そういう時、日本人はその解決法を持ってきた。

怨霊の御霊鎮めであり、その代表が出雲大社ということになる。

大きな変動が起こる時、多くの報われぬ魂が必ず出現する。

そういう時、我々日本人は、怨霊の御霊鎮めという、優れたシステムを思い出す必要があるだろう。このような考え方は世界の他の文明にほとんど見られなものだ。だから世界史の中で見ると日本は格段に人の心が荒れないのである。

このことを日本人は決して忘れてはならない。これは日本文明の智慧の結晶である。

(写真:出雲大社 大政奉還の図 wikiより)

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