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死刑制度と聖書の言葉
普通日本人ならこう考える。
「人を殺すという行為をなす以上、自らの生命を賭す覚悟で行うべきである。自分が人を殺しておいて、自分が死ぬのは嫌だと言うのははなはだ卑怯の極み、あるいは情けない人間である。もっとも、非常に不遇な境遇にいるとか、止むに止まれぬ状況下で追い詰められたとか、何か人道に照らして心情が理解できるのというのであればこの限りではない。」
一方、聖書にはこうある。
「一つの町へ進んで行って、それを攻めようとする時は、まず穏やかに降服することを勧めなければならない。
もしその町が穏やかに降服しようと答えて、門を開くならば、そこにいるすべての民に、みつぎを納めさせ、あなたに仕えさせなければならない。
もし穏やかに降服せず、戦おうとするならば、あなたはそれを攻めなければならない。
そしてあなたの神、主がそれをあなたの手にわたされる時、つるぎをもってそのうちの男をみな撃ち殺さなければならない。
ただし女、子供、家畜およびすべて町のうちにあるもの、すなわちぶんどり物は皆、戦利品として取ることができる。また敵からぶんどった物はあなたの神、主が賜わったものだから、あなたはそれを用いることができる。
遠く離れている町々、すなわちこれらの国々に属さない町々には、すべてこのようにしなければならない。
ただし、あなたの神、主が嗣業(注)として与えられるこれらの民の町々では、息のある者をひとりも生かしておいてはならない。
すなわちヘテびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとはみな滅ぼして、あなたの神、主が命じられたとおりにしなければならない。
これは彼らがその神々を拝んでおこなったすべての憎むべき事を、あなたがたに教えて、それを行わせ、あなたがたの神、主に罪を犯させることのないためである。
長く町を攻め囲んで、それを取ろうとする時でも、おのをふるって、そこの木を切り枯らしてはならない。それはあなたの食となるものだから、切り倒してはならない。あなたは田野の木までも、人のように攻めなければならないであろうか。
ただし実を結ばない木とわかっている木は切り倒して、あなたと戦っている町にむかい、それをもってとりでを築き、陥落するまで、それを攻めることができる。」(申命記第20章より)
(注)主によって分け与えられ受け継ぐべき財産、特に土地を指す
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/ローマ法王、死刑一切認めず-カトリック教会、立場変更/ar-BBLoUeE?ocid=sf
この辺は江戸時代から関東大震災前まで青物市場があったらしい。家康入国前から市場はあったようだ。 鎌倉あたりから運ばれた魚…
この国の歴史に震える瞬間
大江戸線の新御徒町を降りて地上に上がるとすぐ、古めかしいアーケード街がある。
「佐竹商店街は日本で二番目に古い商店街です」
という垂れ幕が下がっている。
商店街の終わりあたりにこの商店街の歴史を記した看板があった。
この地域一帯は江戸時代まで現在の秋田県の佐竹藩(久保田藩)の上屋敷があり、この商店街のある地域を含む広大なものであった。(現在の台東区台東三〜四丁目の半分ほどのエリアであったとある。)
明治になり御屋敷が取り壊され「佐竹っ原」と呼ばれていたところに次第にこの商店街が出来始めたようである。
最近、こう言った「歴史痕」を見るにつけ思うことがある。
日本の武士階級、特に大名家は幕府方、外様方に限らず、その資産規模はとても大きなものであったはずである。
しかし、それを明治維新という変わり目に際してほとんど文句も言わずあっさりと捨て去った。それはこの国がおかれた危機というものを上から下まで共有したことの証である。
ごく身近な外国においては、自分の権力を維持するために、国民だろうが国土だろうがズタズタに切り裂いても平気でいるような人間が指導者として君臨している。
世界史を見ればそれはかなり「普通の事」である。
翻って、自分の国のことについてあれこれ知るにつれ、あたかも「人ごとのように」この国の過去の事績に震えるほどの驚きを感じる瞬間がしばしばあるのである。
