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みそぎはらへ 二九十一二三
日本のポープは天皇陛下 新嘗祭にあたって

今日は新嘗祭である。新穀を神々に捧げ、天皇はこれを神々と共に食す。天皇と神々が食物を媒介として一体化し、日本の国土に居住する人々もまたその時間を共有する儀式であり、日本固有のものだ。

日本には民族を統合することのできるアイデンティティーが存在する。

多くの国や地域や民族にはそのようなものが存在しないところもある。

西洋人の押し付けで民主主義やキリスト教的価値観を植え付けられ、それを西洋人は「進化している」と喜んでいるが、世界を見渡してみて思うに、それが実を結んでいるところは少ない。

アラブ世界はかつては自由に旅行したり海外との交流や経済活動もそれなりに行えた国が多く存在したが、「アラブの春」とか言う、西洋人の大喜びした「価値ある」変動の挙句、ほとんどの地域で政情不安に陥り、まともに旅行できる国はわずかになってしまった。

オリジナルのキリスト教圏以外の国や地域でキリスト教が普及した国の大半は政情不安で内政も経済活動もグダグダで不安定である。フィリピンや南米、中南米が典型だけれど。フィリピンは近年ようやく自国の本来のアイデンティティーを蘇らせようという動きを感じるものの、それ以外の大半の国々は相変わらずである。

その国や地域にはそこに暮らす人々や民族が必要とする価値観というものが存在する。こういうところに、特定の民族や文明の価値観を上塗りし、本来のオリジナルなアイデンティティを破壊してしまえば、そこに暮らす人々の意識、精神、魂が不安定化するのはあたりまえのことだ。

こういう地域や国家は個々のポテンシャルが高くても国家や民族としての力はなくなってゆく。

それはこのおよそ200-300年の世界史が証明している。

キリスト教を信仰するということは、例えばカトリックなどの場合、ほぼ完全に白人が支配する組織であり、当然本部はイタリアのローマバチカンにある。

結局、白人の司教やら教皇を敬愛、崇拝することになる。こういうロジックに気づかず国家として、キリスト教を受け入れてしまう非白人国家というのは、私から見れば悲劇でしかない。

白人を崇拝する、という言い方が過激すぎるとすると、西洋文明を崇拝する。と言い換えてもいいかもしれない。

私はキリスト教を批判するつもりもないし、嫌いでもない。白人嫌いでもないし、反西洋でももちろんない。むしろ彼らの賢明さに尊敬の念すら抱いている。

私たちは日本人である。日本には日本固有のアイデンティティーが存在する。それは、神々の住まうこの世界と、その世界の祭祀王である天皇の存在である。

キリスト教やイスラム教やヒンズー教や仏教、儒教を信仰しても構わないが、日本人であればまず第一にこのことをしっかりと心に留めおく必要があり、この日本という国の恩恵を受け、この国に暮らす者として、日本人でなかったとしても、この国の、日本文明の成り立ちというものへの理解と許容が必要であろう。

日本文明にとっての「ポープ」は天皇であって、ローマ教皇ではない。

古代朝鮮半島を勢力図で見てみる

1枚目は紀元前1世紀頃の勢力図。この図は昨日もアップしたが、1-4世紀ではなく紀元前1世紀のものであった。これを見れば明らかなようにこの時期はまだ朝鮮半島にオリジナルの国家は存在していない。

半島の大半は漢(前漢)帝国の一部、日本人によく知られたところでは「楽浪郡」などの「郡」地域となっていた。

東南部の「韓」というエリアは日本列島の日本海側に拠点を置いていた出雲系種族と同根又は同一族の居住地域ではないか。

この図を見る限り、それ以外の可能性は極めて低い。

素戔嗚命が韓土を往復しこの地を経営したという事績は日本海側及び北九州、対馬などの神社に多く存在する。

スサノオの時代ははっきりしないがスサノオはこれよりもう少し後かもしれない。しかし、この時期にも同じようなことがあったのは間違いない。

スサノオの息子の五十猛命もまた渡韓の伝承が数多くある。

北九州系種族も関わっていたかもしれないが神社等の事績を見る限り出雲系の方が古いだろう。

2枚目の図は2世紀頃の図。この時期になると満州地域からの勢力の侵入があったようだ。

渤海使は7-8世紀頃だが、東北には大陸からの渡来民の伝承があり、この時期にも半島よりも北側の今のロシア領あたりからの海上交通があったかどうか。

三韓の諸国家群が成立している。この時期が素戔嗚命の活動時期かもれない。

白山信仰は白頭山に関わるらしいがこの時期の動静に関わる神であろうか。

3枚目は4世紀頃の図。この頃になりようやく今の朝鮮半島の国家の基礎ができたようだ。

この後しだいに新興の巨大国家「唐」に半島が圧迫され、半島南東部を大和朝廷が守護あるいは共同防衛という形で守ろうとしたものの最終的に白村江で敗れて半島の拠点を失うことになる。

これが663年10月。7世紀のことだ。

紀元前1世紀の図を見れば明らかなように、この時期の古代において朝鮮半島にはオリジナルの国家はまだ存在せず、半島の大半は漢帝国の領域であり、日本の出雲族系の居住地域があったのであろうと思われる。

(写真はwikiより)

みそぎはらへ 二九十一二十 ウガヤフキアエズ生誕地 対馬 住吉神社

ウガヤフキアエズの生誕地と言われるのは、宮崎県の鵜戸神宮が一般的だが、ここ以外にも鹿児島県大隅半島などにも伝承地がある。

対馬美津島の住吉神社にもウガヤフキアエズ生誕伝承がある。

由緒によれば、当社創建は神武天皇の御代。

「この時、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ウガヤフキアエズ)を祀り、津口和多女御子神社と云ふ。彦火火出見命、豊玉彦の姫、豊玉姫を娶り、三年。懐妊の身となり産室をこの地に造らしめ給ふ。彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊誕生抱育の古趾なり。

神功皇后三韓征伐の折、海神を斎き祀りしより住吉神社と云ひしなり。」

と書かれてある。

生誕地がここというのは怪しいと感じたが、居所があったかもしれない。

とにかく、美しい場所であるというにつきる。

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