近年では現在のように日本人が堕落した根源は明治維新にある。したがって我々は江戸以前の世界観を見直すべきだ。

そういうことを言う人がいる。それはある意味で正しいと思う。

一方で、飛鳥時代から江戸時代までの日本は「和魂漢才」の時代であり、江戸までの日本の「知識人」の中には大陸思想こそが正しく上位の価値であり日本はその下だと思うような人も多かった。知識人は漢字のみを使いひらがなは使わないというのが知性の象徴のように思われたのである。

それに対して異を唱えたのは菅原道真であったり紫式部であり、江戸期において本居宣長を代表する国学を唱えた人々だった。

明治以降、昭和二十年までの期間は西洋思想の濁流が日本国内を襲う(物理的にも精神的にも)中で多くの知識人はその処理方法に懊悩した。その代表が森鴎外だったり、徳富蘇峰や陸羯南などの人々。昭和二十年代まではその系譜は続く。

外からは「才」を取り入れ、内には「魂」がある。これは日本文明の基礎的な構造だと思われる。

明治から現在までは和魂洋才だが、戦後以降しだいに「魂」が失われ「洋才」のみになった。

これを憂いたのが三島由紀夫だ。

陰極まって今再び魂を見直す気風が一部の人々の間で広がりつつある。

和魂とは何か?これが日本的なるものの正体でありそれについて人それぞれに思いを巡らせる必要がある。

日本とは何かを見ていく時にはこのような基本的歴史線を意識しておいた方が良いだろう。

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