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日本文明・神道の話
忌部氏と事代主と猿田彦(ノート2)
忌部氏と中臣氏は共に祭儀を司る役割を持った氏族であり、忌部氏は、神武から数代にわたり天皇家と深い関係にあった。
神武から数代に渡る天皇の后は忌部氏系であったと推察される。この時期天皇家の拠点は畝傍山の周辺、葛城地方にあった。
その後天皇家が三輪氏(物部氏)系列と深い関係を結び、なおかつ物部氏が権力を失って後、中臣氏が天皇家の祭儀の中心になるに従って影響力を失っていったようだ。
徳島県(阿波)は、忌部氏の拠点だが、戦前のこの地方の忌部氏に関わる資料を見ると、忌部氏は応神天皇の時期に、大和地方に大乱が起こり、難を逃れて阿波に渡ったとされる。
忌部氏は、その後朝廷に麻を献上する役割を担った。
阿波国一之宮大麻比古神社は忌部氏に関わりの深い神社であるが、その名の通り、麻と関わる神社であり、社紋も麻をモチーフとしたものだ。
この社紋が、ダビデの星(六芒星)に類似していることから、忌部氏=ユダヤ人説が起こり、かつ阿波、淡路地方にユダヤ教の祭祀施設に極めて酷似した祭祀址があるということで話題にもなっている。
大麻比古神社の祭神は猿田彦であるとか、あるいは忌部氏の祖神であるとか言われるが、恐らく両者には何等かの関係があるだろう。
猿田彦もまた、五十鈴彦(イエズス)とか、ユダヤ人説のある神である。
阿波に下った忌部氏は、その後、紀州や房総の安房地方にも赴いた。
房総にある安房神社は、阿波国の大麻比古神社に配置及び空気感にいたるまで極めて類似しており、大いに興味をそそられる。
安房神社は、大化の改新の時、唯一神社の私有が認められた八神郡が制定されたがその中の一社に数えられている。これが日本国の古代における主要八社であり、古代において極めて重要な神社であったことがうかがわれる。
この八社は自らの領地の所有が認められたいわば別格社であった。(伊勢内宮、伊勢外宮、宗像大社、出雲熊野大社、日前・國懸神宮、安房神社、香取神宮、鹿島神宮)
蘇我氏は忌部氏の後裔であり、一族に武内宿禰もいる。蘇我氏というと仏教の印象が強いが、本来は社家である。
日本書紀によれば、神武から綏靖、安寧の三代の后は、事代主神の娘あるいは孫とされており、事代主神の後裔、又は非常に関係の深い一族と考えられるが、この時期天皇家は葛城地方を拠点としていた。それはすなはち忌部氏ということになる。
神武及び二代綏靖天皇の后には、「五十鈴」という名が含まれる。
事代主→忌部氏→猿田彦とは極めて深い繋がりがあると考えられる。
(写真:大麻比古神社の社紋)
事代主は猿田彦の系譜かを考えるためのノート
神武から綏靖、安寧までの三代の后は、日本書紀によれば、事代主神の娘、あるいは孫であると書かれている。
神武天皇后 ヒメタタライスズヒメ(事代主神の長女)
綏靖天皇后 イスズヨリヒメ(事代主神の次女)
安寧天皇后 ヌナソコナカツヒメ(事代主神の孫 鴨王の女)
五十鈴とは何か?
伊勢の五十鈴なら猿田彦の印象。
猿田彦(五十鈴彦)は伊勢の五十鈴川に住す。
事代主が大国主の子でないことは間違いない。
事代主と賀茂氏とは関係がある。
宮中三殿に八神殿(現在は神殿に合祀)があるが、八神とは天皇を守護する八柱の神々である。天皇守護という観点において最も重要な神々であることは言うまでもない。
八神とは、
神皇日神
高御産日神
玉積産日神
生産日神
足産日神
大宮売神
御食津神
事代主神
であり、実在の人格を持った神という意味では事代主神のみがそうである。他は変化神のような神々。
以前からこれが非常に気になっていた。
事代主の本宮は出雲の美保神社である。
事代主が素戔嗚の子であると感じたこともある。
しかし、事代主は本当に出雲にいたのか?
出雲国譲りの時、タケミカズチはオオクニヌシに国譲りを迫るが、事代主に聞いてくれという。
このオオクニヌシの存在感の希薄さは何か?国主であるはずだがこの無責任さは何を意味するのか?私にはこの神は何か置物のような印象でしかない。
出雲に佐太神社がある。出雲神集いの祭儀(神在祭)が行われていた場所として最古と言われているが、神殿は横並びに三殿あるが、
正殿
佐太御子大神、伊弉諾尊、伊弉冉尊、速玉男命、事解男命の五柱。
北殿
天照大神及び瓊々杵尊の二柱。
南殿
素盞嗚尊及び秘説四柱の計五柱。
(Wikiより)
となっており、神殿後方の山にイザナミの御陵があるとも言われている。
佐太御子大神とは猿田彦かあるいはその末裔であろう。
南殿は素戔嗚系であるが秘説四柱とは?
神武から綏靖安寧までの三代は、葛城地域において、事代主系列の姫が后となる。
なぜ事代主の系譜が大和にいいるのか。
古事記では事代主ではなく大物主(饒速日)の娘が神武天皇后 ヒメタタライスズヒメであるとなっているので、事代主ではないということになるが。
しかし、五代孝昭天皇の代からは古事記、日本書紀共に物部氏系列の姫が后になっている。
神武から四代懿徳までとそれ以降では宮址にズレがあることから、一貫して物部氏系列の后であるとは言い難いという説があるが確かにそういう気がする。
十代崇神天皇以前の段階では、天皇家は大和地方の一勢力であったと考えられる。
しかし、
大物主(饒速日)と事代主、猿田彦との関係はどんなものか?
(写真 佐太神社 美保神社)
神々と向き合い人を見る
普段から神々のお社行き、神々と向き合う習慣を持つようになると、人間を見るときもまた同じように見ることができるようになる。
現代人は人の上っ面しかみない傾向が強くなってきているように思うことがあるが、神々と向き合う習慣の希薄化と関係があるかもしれない。
上っ面とは「肉眼」とか「気持ち」あるいは「知識」とかだけでものごとを見るということだ。
人の魂をみる力は、神々と向き合う習慣を持つことで養われる。
血と魂 引き継ぐということ
引き継ぐということにはまず二種類ある。
血によって引き継ぐということと、魂によって引き継ぐということだ。
血というのは言うまでもなく血族として繋がっておりその意志・意思を連綿と引き継ぐと言うこと。
魂として引き継ぐというのは、その引き継ぐべき本質を、血の繋がりとは関係なく引き継ぐ意志・意思を表すということである。
血と魂が両方において引き継ぐというのは最も強固な形には違いない。
一方で養子などによって家を引き継ぐように、そこに伝わっているものを血の繋がりとは関係なく引き継ぐこともある。
血の繋がりは全くなくても、血の繋がった者以上に強く引き継ぐ意志・意思を表すものもいればその逆もある。
例えば、日本人であるのに、日本を、あるいは日本文明を貶める(おとしめる)ことに血眼になるものもある。
逆に日本人の血は入っていなくとも日本を愛し日本文明というものの魅力を全力で伝え守りその意志・意思を発展させていこうと懸命になるものもある。
血が繋がっていれば良いというものではなく、その魂がそれを引き継ぐ意志・意思を持つということが最も重要なことであるということになる。
もちろん天皇家のように、血も魂も兼ね備えて引き継ぐ場合には背負い込む密度は最大となる。
神の大小と人の大小
神様には大きい神様もあれば小さい神様もいるというのは事実だ。伊勢神宮や出雲大社や三輪山の神様のような大きな神様もいれば、田舎の実家の裏山にいる小さな神様もある。
しかし小さな神様を大切しているからと言って、大きな神様を大切にしていることよりもそれは小さいということにはならない。
小さな神様を大切にしている人が世の中に大きな影響を与えたり、世のため人のためになる仕事をすることはいくらでもある。
大きな神様を大切にしているからと言ってそうなるわけでもない。
神々の大小とそれに関わる人々の大小は、正比例もしなければ反比例もしない。
だから小さな神様だからと言って雑に扱っていいという話ではないし、大きな神様、最高神が一つあれば他の神様は不要であるというのは大きな間違いである。
巨人が一番強いから巨人以外のチームは不要である。もはや野球をする必要はない。してもいけないんだと。そういうことと同じである。
巨人ファンが最高のファンであって、それ以外のファンは大したもんじゃない。と言うのとも同じである。平家にあらずんば人にあらずとは?
いやあ、神様の話と野球のチームの話では、話が違うだろう。次元が違う。
そう言うかもしれない。しかし、私は全く同じだと感じる。
恐らくこの話は、たとえ、次元が違っても、宇宙の果てまで変わらないのではないか。
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