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日本文明・神道の話
天皇 女系天皇と女性天皇の意味
天皇家には、他家の男性は誰も入ってゆくことはできない。
女性は誰でも皇室に入ることができる。
女性には開かれているが男性には全く開かれていない。
女性蔑視でも何でもない。
しかし、女系天皇というのは、例えば天皇家に魚屋の山田さんの家の娘が入ったとする。
すると、魚屋の山田さんの家系が天皇の直系の家系になってしまうということ。
それが女系天皇ということの意味だ。
古代から男系で維持されてきた血統が完全に破壊される。
こうなったら、もう皇室としての意味がなくなる。
天皇というのは、日本の神社の大御親である。
なぜなら日本神話の直系として、日本文明を体現し、歴史と、この土地に住まう先祖霊や魂達を自ら背負う祭祀王としての存在。
そのことの意味を理解できれば日本人とは何かということの意味が分かる。
それが理解できなければもう日本人として機能していないと同じようなものであろう。
ただの日本島の住民に過ぎない。
その天皇というものの日本の国土や文明における意味をしっかりと身につけねばならない。
女性天皇というのはある。男系の女性が天皇になったことは古代にもある。
しかし、女系の男子も女性も天皇になったことはない。
今女系天皇を誕生させようと考えている日本人がいる。
彼らには日本の歴史も天皇の歴史も天皇の意味も何も知識がないと言っていい。
ただ、薄っぺらい西洋の男女平等とか、そういうぺらぺらの理屈で言っているに過ぎないのだろう。
さもなければ、この国を破壊しようという意思を持って活動している連中であろう。
男女平等というなら、ローマ教皇やチベット法王、ユダヤ教のラビ、イスラム教の指導者に女性がいないことをなぜ問わないのか。
西洋人が偉そうに日本の皇室のことについて言ってきたら、そう言えばいいのである。
日本の天皇は神道の祭祀王であり、ヨーロッパの王家とは違う。ヨーロッパの王家というのは日本でいえば、徳川家とか足利氏とかと同じレベルである。
日本人である以上このくらいの知識は身につけておかないと海外で自分の文化について語れないだろう。
世界で唯一、超古代からメソポタミア文明頃に存在した、王の在り方を形に残しているのが天皇であるということ。
萬世一系というのは、男女平等とか女性蔑視とかそんなレベルでそのように決められているわけではない。
我々には理解できない深い理由、人間の智慧が盛り込まれているのかもしれない。
今の天皇家は北朝系。南朝系もある。戦後GHQに廃絶された旧皇族もある。
日本の文明や天皇というものの存在意義も何も知らない人間が皇統のことについて意見するなど論外である。
そもそもそういう人間は本来日本の文明にも天皇の意義にも興味がないんだから黙っていれば良いのである。
「私がどうしても滅びてほしくない一つの民族があります。」 この書籍の中で紹介される、あるフランス人外交官が昭和17年、第…
先に天皇と天皇霊の話を書いた。実はこの話は天皇と天皇霊との関係に留まらない。あらゆる人々の家族一族においても、ある人は母方の祖祖母に似ている人もいれば、ある人は父方の祖父に似ている人もいる。同じ血の人間でも性格や性質は違う。遺伝学的に見れば受けついでいる遺伝子の違いということになるだろう。
平成の御代も三十一年を以て終わることとなった。 新たな天皇が即位し、元号が変われば時代の空気、雰囲気、起こるべき出来事に…
みそぎはらへ 二九十二十二 分霊(わけみたま)について
都内のあちこちにお稲荷さんがある。江戸時代にお稲荷さんのブームが起こって、江戸の市中いたるところにお稲荷さんの祠ができたからだ。
今でもその名残が神田あたりを歩くと残っている。歩道をあるくと歩道沿いに周辺地図を見かけることがあるが、あの地図の中に11-12社ほどの稲荷社を見つけたことがある。(写真2枚目)
全国の稲荷社の総本山は伏見稲荷だと言われているが、これらのお稲荷さんの中には伏見稲荷から勧請されたものもあるだろう。
日本には「御分霊」という考え方がある。これはある有力な神社から御霊を分けてもらうというもので、これは世界でも日本以外には例のないものだと言う。
インドでは輪廻転生という思想があるが、インド思想における魂は、一つの魂がさまざまな人体に宿って、ぐるぐると彷徨うということだろうか。
多くの人は人間の魂は一つの魂というのがあって、これが生まれ変わったり、幽霊となって彷徨ったり、人霊や神霊が神社にお祀りされればそこに宿るものだと考えているだろう。
しかし、私はそう思わない。魂というのは、この分霊という考え方に近いと思っている。
よくテレビに出てくる霊能者みたいな人が、自分は何々の生まれ変わりだとか、あなたは誰それの生まれ変わりだとかいうのがある。
仮にそれが本当だとして、その場合でも、例えばマリーアントワネットの魂が一つ存在していて、それが誰かとしてそのままそっくり生まれ変わるというのではない。
過去におけるある魂があるとしたら、その魂の一部とか部分とかあるいは分身のような形で人に宿るのである。
魂というものを、ぶよぶよとした物体に例えるなら、人が一人産まれる時、それに関わる魂の親玉のようなものがあって、それがブルンとちぎれるように落ちて行って、それがその人の魂となって宿るのである。
人類の歴史始まっていらい。人口が増え続けているが、魂の数が一定なら人口も一定か、ある程度以上には増えないのが道理であろう。
恐らく、最近科学の分野でよく言われる「ビックバン」に近いものが人間の魂にもあるのだと思われる。
始めに、人の魂の原型のようなものが人に宿る。
中には、神霊のような高度な存在が人に宿った。
いくつものさまざまな世界の魂の原型が降臨したり、どこからかやってきては人に宿ったのである。神々の時代から、王の時代になり、武士の時代がきて、商人や資本家の時代になり、民衆の時代になって、今は個人の時代への移行期であろう。
魂はこのようにして、拡散していったものと思われる。
そういう意味でいうと、時代が下れば下るほどに、魂の「濃度」は薄まっているということは言えるかもしれない。人によって濃度は違うのかもしれないが。
しかし、それぞれの「わけみたま」は、やり方次第で大きくも育ってゆくのである。まあそれはさておき。
神道の「分霊」という考え方の中に思わず人と魂の本質を見ることができる。
(写真 江戸時代のお稲荷さんと東京神田須田町界隈の地図)
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