フランス革命でルイ王朝が滅んだからと言って、西洋キリスト教文明が滅んだわけではない。徳川幕府が滅亡したからと言って、日本文明が滅んだわけではない。日本の天皇と西洋の王を同格に見る考えがある。明治期以降皇室が西洋の王室を真似ようとする気風が流行ったが、日本の皇室と西洋の王室は同格ではない。皇室が武家の真似をすることはない。

ローマ教皇庁が滅べば、西洋キリスト教文明の衰退と崩壊に直結する。日本は天皇が滅べば日本文明の消失に繋がる。しかし、日本は一国一文明である。日本一国の存亡が、文明の存亡に直結している。特に現代は、幕末までの世界から閉ざされた状況から大きく事情が変化した。そして、国内の政治的流動性や、国民の教育、意識の低下によって、天皇の立ち位置が危険にさらされるリスクも常にある。これからの100年、1000年後を見通した、日本文明の保持について長期的視野で模索する。

キリスト教がローマ帝国に受け入れられて以降、帝国が東西に分裂し、やがて西ローマ帝国が滅びると、イタリア半島は北方、東方などから諸王国が侵入し分裂状態に陥る。東ゴート王国(東ゲルマン)、ランゴバルト王国(北方ゲルマン)、東ローマ帝国などにより領土が分割統治されるが、当時からローマ教皇はすでに自己の領地を保有していた(5ー7世紀)。その後、フランク王国全盛期から神聖ローマ帝国期にかけて(8ー9世紀)、教皇領が成立。イタリア半島は以降も不安定な情勢が続くが、19世紀にナポレオンが侵攻するまで教皇領は存続し続け、神聖ローマ帝国崩壊期の15世紀後半から16世紀にかけてしだいに国家的性質を帯びるにいたった。

キリスト教が欧州へ入って以降、ローマ周辺の覇権はこのようにさまざまな国家へ移り変わっていった。またイタリア半島には伝統的に都市国家も多く存在した。神聖ローマ帝国時代にはモンゴル帝国が、東方から欧州地域を脅かす期間もあった。イタリア半島が、イタリア王国→イタリア共和国として現在の地理的状況に落ち着いたのは、ナポレオン死後のことである。これほど国家や権力基盤が移り変わり、幾多の困難に遭遇しつつも、ローマ教皇はローマの地において自らの地位を維持し続けたのである。

ムッソリーニはイタリア王国の首相であり、王政を排して独裁権を掌握したわけではない。また、父の代からの筋金入りの社会主義者で、レーニンとも深い親交があったほどの左翼主義であったから、キリスト教を重んじていたわけでもなかった。ナポレオン時代からイタリア王国成立期にかけて、教皇領がほぼ喪失していたため、カトリック教会は自らの国家的主権もほぼ失っていた。現在のバチカン市国を成立させたのはムッソリーニ政権時に交わされたラテラノ条約による。ムッソリーニがバチカン市国成立の立役者である。興味深い。

ローマ帝国で国教とされたキリスト教(教皇及びカトリック教会)は、ローマがこのようにさまざまな国家や権力の影響下にさらされながら、西洋キリスト教文明の中核としての地位を現代に至るまで保ち続けた。この文明は、キリスト教文明以前のギリシャ・ローマ文明の影響を内包しならがら、その派生品としての科学を生み出し、産業革命を引き起こした。さらに、思想、芸術、経済、法制にいたるまで現代人の生活スタイルに大きな影響力をいまだに与え続けている。

我々の日常生活の相当部分がその影響下にあると言っても過言ではないだろう。これら「彼らの文明の発明品」を世界に伝播させたのは、神聖ローマ帝国崩壊期以降のポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスそしてアメリカなどの諸国家群の地理的、政治的、経済的、軍事的覇権(植民地帝国主義)によるところが大きい。

教皇領が国家的性格を確立したとされる時期は、西洋キリスト教文明の世界的な伝播の時期(大航海時代以降)とほぼ符合している。

天皇もローマ教皇と同様、独自に国家的主権を確立すべきであると考える。日本国の憲法上にその定義と関係性を明記するのである。天皇による主権体の運営は、神社の税額の一部または全額をあてる。そして、文明の主要国である日本国と国民への祭祀はこれまで通り行う。私は、天皇の存在を日本国の政治的影響力の枠外に置くべきであるという考えである。それは日本文明を、日本一国の拘束から解き放つことにもなるだろう。そして、日本文明を長期的に保持し、かつ文明を世界的に伝播させる基盤ともなるであろう。(つづく)

【ラテラノ条約(wikiより)】教皇庁のあるバチカン一帯が「バチカン市国」としてイタリア政府から政治的に独立した区域となることが認められた。イタリア政府は教皇庁に対し、対外的に永世中立であることと、イタリア国内の政党間の争いにおいて特定の政党に与しないことを求めた。一方でイタリア政府は、カトリックがイタリアの宗教において特別な地位を有することを約束した。

(写真 : フランク王国 国王 ピピン3世 wiki)

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