西ドイツで占領下に制定された憲法は、正確には基本法という名称であり、ドイツ統一後にドイツ人自らの価値観で正式な憲法を制定発布するまでの「時限法」である。
統一後のドイツにおいても、現在に至るまで、この基本法のままではあるものの、これはドイツ降伏時の条件として、或いは降伏後のドイツ人が占領下において正式な憲法を発布することに強硬に反対した結果である。
その(西)ドイツ基本法も、昭和50年代の半ばの時点で、少なくとも30回以上改定補足されているという。
日本人の民族性で一度定められたものを容易に変更しない気質があるとはいえ、占領下での「怪しげな憲法」を聖典のように敬うこと自体、異常な事態である。
私には占領軍政策を神のように敬う人達がこの国の中枢に居座っていることの証左にしか見えない。
日本国憲法は天皇陛下の信任があったとはいえ、占領軍下、天皇陛下もマッカーサーの下に位置付けられた状況にあった。憲法起草から制定までの過程も同様である。
戦後の日本人が卑屈になったのは、その起草から制定の過程を含め、このような憲法下にあるからだと思う。憲法とは国柄であり、そこにいる人間の有り様を規定するものだからである。
この憲法は、一種の不平等条約であり、屈辱憲法であると言って良い。以下によればそれは明らかである。
連合軍最高司令官として日本を統治する役目を負った、マッカーサーに対し、当時のアメリカ合衆国大統領トルーマンは以下の文書を持って、日本統治の権限を与えた。
「天皇と日本政府の統治権は、連合国軍最高司令官としてのあなたに隷属する。あなたは、あなたの権力を思う通りに行使できる。我々と日本との関係は条件付きのものではなく、無条件降伏に基づいている。あなたの権力は最高であり、日本側に何の懸念も抱かせてはならぬ。」
「日本の支配は、満足すべき結果が得られれば日本政府を通じて行われるべきである。もし必要あらば、あなたが直接行動しても良い。あなたはあなたの出した命令を、武力行使を含め必要と思う方法で実行せよ。」

