2011年東日本大震災が起きた直後、私は何かにとりつかれたように、日本全国の神社巡りを始めた。

その最初の場所が、諏訪大社であった。諏訪には、上、前、春、秋の各宮がある。
私はこの四宮全てで御祈願していただこうと、思い四回に分けて諏訪を訪れた。

ところが、前宮、春宮には常駐の神主がいるわけではないので、御祈願はしていないという。私は、宮司に、自分の思いを伝え、無理を言って、四宮で御祈願をお願いした。

前宮は、宮跡に近いもので、小さなお社しかない。そこで御祈願していただいていると、参拝者がやってきて、「ここでも御祈願していただけるんですか。私もお願いします。」と言ったが、宮司は、「いやここではやってないので。」と言うと、「やってるじゃないですか。」と随分不機嫌な顔で言うので、宮司は困った顔をしていたのだが。

今を思えば随分思い詰めていたものだと。今だったらそこまでして御祈願していただこうとは思わないけれども。

しかし、思えば自分の神道への格別な「ある確信」はここまら始まったと言ってよいかもしれない。ここから、薩摩大隅半島に至り、私は何かを完成した感覚を得た。

南九州→(四国を経由して)出雲→諏訪この道筋に、神道の歴史における一つの重要な意味があると私は直観と確信を得た。少なくとも自分には。

昨日から丁度諏訪の話をFacebook上でしていたら、今日NHKで諏訪の御柱祭の特集と、守矢氏の話をしていたので驚いたのだが。

モリヤ氏。ユダヤ人のような名前である。

写真は、前回の御柱祭の際に役目を終えた柱の御下がりで作られた木札である。

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