聖書のヨハネの黙示録21章にこういう記述がある。

——————————-

第 21 章

1 わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。

2 また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。

3 また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、

4 人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

5 すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」

——————————-

この言葉に関しては少し前にも記載したのだが。

これと同じようなことは、日本の有名な神道家でもある、出口王仁三郎も言っているし、近年でも力のある神道関係の人もまた、神々の入れ替わることが起こる、ということを言っている人がある。

人と直接コンタクトするような、神霊とか、人霊などは、その世界の中では、新人のような扱いであって、力がなくなればいつでも「配置換え」になるというのだ。

大がかりな神々の入れ替えというのは、数千年に一度起こるようだが、今がその時であるということは、もうすでに20~30年前から言われている。
(いや出口王仁三郎も言っているからもっと前からだろう)

神々の世界もなかなか大変らしい。

そういうことが起こると、そういうことにはまったく関係もない我々人間社会にも大きな影響を及ぼす。

これは、個々人が、私は信仰を持っているとか、いないとか、自分が何々宗や何々教を信じているということとは何の関係もないのだと言う。

人間は「分別心」があるから、あれが良い、これが悪い、これは自分が信じているわけではないから、私には関係ない、いや自分には関係ある、などと言っている。

しかし、そんな境界線は「本質的には」存在しない。だから、神々の世界で大きな変動が起これば、人間の世界は、個々人の意思とは無関係にその影響を受けるというのである。

人間とはいうものの、アリンコみたいなものなのかもしれない。

今、そういうことが、リアルタイムで起こっている。

それは、人間社会全体の「異変」「変動」「動乱」あるいは地球の「天変地異」として表れているのだという。

Exit mobile version