湯殿山神社には神殿はない。拝殿も本殿もなく、ただ大きな磐座があり、磐座の上からお湯が湧き出している。

なるほど、それで湯殿なんだなと。

撮影禁止なので御神体周辺の写真はない。

鳥居のある本宮入口からは専用の参拝バスか徒歩で神域前まで行く。バスなら5分程。歩いても20分かからないだろう。

バスの降車場から、谷底へ降りるように石段を進むと御神体の磐座へ。御神体の磐座まで行くと、まず素足になり、その場でお祓いを受ける。

磐座の前で祝詞をお唱えする。磐座の側面から上に上がれるようになっていて、そこにも参拝所というか遥拝所のようなものがある。

御神体の裏側になど行って良いものかと思いつつ。

磐座の横あたりに、先祖供養のための小さな祠のようなものがあり、人型を濡らして側面の岩盤に貼り付けロウソク線香を供えてご供養する。

こういう流れができている。

この時期はかなり温度が低いが、素足でもお湯が沸いているから足下は思ったほど冷たくはない。

参拝順路の最後には足湯場もあるので靴を履く前に、ここで足を温めることもできる。

この神社はまさに神道の原点的状態を保つ場所。

神道はもともと神殿や拝殿がなく、岩や木に神霊が宿るものとされ、祭事のある時だけ組み立て式の神殿を作った。

湯殿山神社は、神社と言われるが、湯殿山神域といった方が良いだろう。

正直観光化が進んでいて、ワサワサしており、この磐座に神霊が鎮まっているのかと思うが、観光客がいる時間帯は神様はお留守かもしれない。

しかし、周囲の山々のどこかに鎮まっておられる。強い願望成就の力があるとされる湯殿山だが、確かにその力、不思議な作用があるように思う。

出羽三山参拝を終えた時、自分の中にある変化があった。珍しいことだ。

人というのは大概、自分の先祖や、前世で訪れたことのある場所にいくものである。しかし私にとってこの出羽三山がそういう場所であったかどうかというと違うかもしれない。

だとするとそれは、いわば奇縁であり、また大きな意味を持つ。魂の幅を広げるということである。

今回の旅は私の魂に強い作用を与えた。

最近、神札は余程のことがない限りいただかないが、今回の旅では唯一ここでいただくことにした。

日本の数ある神社の中でも極めて特異な神社であることは確実である。

湯殿山は、かつて「出羽三山総奥院」とされ、別格扱いで、三山には数えられなかった時期もあったのだという。

ここから山の尾根づたいに月山本宮へ行くことができるが、山は9月で閉山している。

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