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神人 吉田松陰

平成30年6月26日 日本史
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ここ数日、吉田松陰とは何かについて考えた。

信長と似ていると直感したが、よくよく考えてみれば随分違ってもいる。(前記事参照)

では何故そう感じたのか。

ふとある考えが浮かんだ。

「吉田松陰とは、神人ではないのだろうか?」

神道では神人という言葉がある。

そう思った瞬間に全てが腑に落ちた。

まず、そう考えた最大の理由が一つある。

松陰の全人生を見渡しても私的活動がほとんど見当たらない。

と言うことである。

三十年という極めて短く、かつ若年の青年が、わずか十年に満たない期間に、何故これほど多くの人を動かし、国の命運にまで、大きな影響を与えることができたのか、そして今だに多くの人を魅了し続けるのかは、大きな疑問であった。

しかし、彼を常人でない、神人であると考えた時、全てが腑に落ちたのである。

信長も神の化身のようであるが、信長とは違うタイプの神であろう。松陰は純粋である。

しかし、神人ということが、私が直感的に感じた二人の共通項であると解釈できた。

吉田松陰とは、日本の神々の神霊の化身か、神霊が宿ったのか、憑依したのかわからないが、何れにしても神人であったことは間違いないように思える。

キリスト教カトリックには列聖会議というものがあって、聖人か福者かを会議で決定するが、神道にもしそのようなものがあったとしたら、確実に聖人に列するだろう。

ジャンヌダルクは聖人である。

その意味で松陰神社があるというのは誠に理にかなったことであると思う。

日本史には時として、危急存亡の時、かくいう神人が現れる。

日本人が神々を大切に思う心を持ち続ければ、これからも「松陰」は現れるに違いないと信じる。

(写真 浦賀 松陰象山邂逅の碑、乃木神社摂社 正松神社 、東京世田谷 松陰神社境内 吉田松陰墓所)

乃木神社摂社 正松神社乃木神社摂社 正松神社
東京世田谷 松陰神社境内 吉田松陰墓所東京世田谷 松陰神社境内 吉田松陰墓所

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