現代は、人と企業の利益が反比例していく社会だ。

人として考えればトランプの言い分に理があるが、それによって社会や企業がとる行動は逆行していく。

これでは、社会不安はさらに拡大するだろう。互いの妥協点がない。

要するに利益だけが独り歩きしていく社会だ。特に現代はその速度が速く、人はその動きについていけなくなっている。それがさらなる格差と理不尽を生む。

評論家の多くも、一体この人は誰のために発言しているんだろう、と感じることが多い。よくよく考えると誰のためにもなってない。企業あるいは社会システムという「人格」を擁護しているだけだと感じることもしばしばある。

ハーレーはアメリカ文化の象徴的商品であり、海外に拠点が出ていけば、国内生産台数は減り、その分雇用人数も制限されるだろう。しかし、それを抑制しようとすれば、社会も企業も逆行した動きをし始める。

結局、人間が自己矛盾を起こしているというのが現代社会の特徴の一つでもある。

それがグローバリズムの特徴のひとつでもあるだろう。


岸博幸氏、トランプ大統領の政策に「企業の動きと逆行」と指摘 (Tokyo FM+)より

(2018年6月、トランプ米大統領(当時)は、EUの報復関税回避のために生産の一部を海外(タイなど)に移転する計画を発表したハーレーダビッドソンを激しく非難しました。トランプ氏は「米国内の雇用を軽視している」とし、米国への輸入バイクに「かつてない重税」を課すと警告するなど、両者間で大きな貿易摩擦が起きた。 このことへの岸氏のコメント )

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投稿へのコメント転載:

企業、国家、あるいは民衆という、大きな「人の集合体」というのは、それを構成しているはずの個々人の思惑をはずれて、勝手な方向に流れていってしまうことが多々ありますね。まるで一個の生き物のような…… それも体が大きく貪欲な獣のような生き物に思えます。障害にぶつかって、構成組織である「個人」が何割かが血を流したとしても、己の存続のために「食物」に向かって突進していく姿が頭に浮かびます。構成している人達が、どれだけ理性的で博識であっても、なぜか「大きな集団」というのは獣性を帯びてくる。

「欲望」という名の龍神が暴れているようなものです。人個人の幸福は関係ない。人の欲望や目標が「利益」とむすびついているかぎりそれをやめることは難しいでしょうね。

「ヒト」という種は個体ではなく「集団の状態のヒト」というのが、自然界における本来の姿だったのではないかという気がするのです。長い年月をかけて「個人」の獣性を飼い慣らすことには成功したけれど、ヒトが集団化したときの獣性は太古のままなのではないかと。

個人主義は否定しませんが、そもそも個人だと認識しているその瞬間ですら、人はなにがしかの集団意識の中で活動している。それは生きている人間だけではなく、過去の人や場合によっては神々の意思や意識をも代弁している。そういう意味で個は個にあらず集なりということでしょうか。それはさまざまな種類のものがある。利益という欲望が雪だるまのようになって坂を転げ落ちることもあるんだと。

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