これは大変に立派な神社であり、23区内でも屈指だと思われる。敷地は大きく諸国一宮に匹敵する。
この地に日本武尊の本陣があったらしいが、長年この地域は蝦夷の侵攻に苦しめられたらしく、命の神威に預かろうと地域住民が開創したのが始まりであるという。
神社の方に聞いたが、府中の大國魂神社の御霊はここから持って行ったんだとか。
日本武尊は、三浦半島の葉山付近には妻恋社という小さな祠のような神社があるが、そこから横須賀の走水へ出て浦賀水道の内側を対岸の恐らく富津岬あたりへ達して木更津へ到着。
木更津の地名は尊の事績「君去らず」の神話からとられたと言われている。
現代人ならこのまま茨城県の方へ北上するものかと思うが、古代東京湾から霞ヶ浦辺り一面は湿地帯で陸路にふさわしくなかった。
しかも今の東京の南半分はほぼ海の中であり、上野の不忍池は海に繋がっていたという。
不忍池の後方から、本郷台地が上がっているがここが始めてまともな陸地であり、池の後方部の湯島には妻恋神社があり、これも日本武尊由来。
すぐ近くには根津神社がありこれも尊の創始という。
さらにそこをほんの少し北へ行くと本駒込には江戸時代まで白鳥神社があったらしく石碑が残っている。
池袋、巣鴨、雑司が谷界隈は徳川家康入府以前の中心地であり、地域一帯には、日本武尊や源氏東征に関わる神社が多い。
ここからさらに少し東北に進路を変えて、梅島から竹の塚辺りに今回訪れた鷲神社、花畑大鷲神社があるのでここを通過し西北に進路をとって碓氷峠へ向かったのか北上して東北に入ったのか。
何れにしても当社は関東在住で神社参拝が好きならば来た方が良い神社であろう。

