令和の御代の始まり(大嘗祭)を前にして伊勢神宮を参拝することにしたが、それにあたり御縁深き猿田彦の神霊にご挨拶することにした。

ここ数年は、神社での御祈願はしていなかったし、お札等も滅多にいただかないが、どういうわけか境内に入った瞬間に御祈願をすべきだという心境に陥った。数年ぶりのことである。

果たして正解であった。数年ぶりとはいうもののそれ以前は、一時期数多くの神社で御祈願をしたが、この神社は格別である。個々の魂との相性もあるかもしれないが、この神社の御祈願は力の入った実に優れたもので、個人的には是非お勧めしたい。

御祭神は猿田彦大神の他、瓊瓊杵尊、栲幡千千姫命(瓊瓊杵尊の母神、天忍穂耳命の妻神、たくはたちぢひめ)及び境内に別宮として猿田彦の妻神の天鈿女命(アメノウズメ)を祀る椿岸神社がある。

由緒によれば、第十一代垂仁天皇の御代に倭姫命の御神託により、創祀された日本最古の神社で、仁徳天皇の御霊夢により「椿」の字を持って社名とされた。

また、猿田彦大神は別名、佐田彦大神とも言う。出雲の佐田神社の主祭神は猿田彦であろう。

また、塞神、白髭大明神、大地主神、土公神、岐神(ふなどのかみ)、大行事権現など別名が多い。

また、猿田彦は「興玉の神」(おきたまのかみ)と言われ神々の魂を奮い興す導きの神であり、椿大神社をもって、天神地祇のうちの「地祇大本宮」とされる。

猿田彦の神霊は、大祓詞中の

「天津神は。天の磐戸を押披きて天の八重雲を。伊頭の千別に。千別て。聞食さむ国津神は。(あまつかみは。あまのいはとをおしひらきてあまのやへぐもを。いづのちわきに。ちわきて。きこしめさむくにつかみは。) 

高山の末低山の末に登り坐て。高山の伊褒理低山の伊褒理を掻き別けて。聞食さむ。(たかやまのすえひきやまのすえにのぼりまして。たかやまのいぼりひきやまのいほりをかきわけて。きこしめさむ。)」

にある、鈴鹿山系、高山(たかやま)、短山(ひきやま)の山神として祭祀されていたが、倭姫命により当地「御船磐座」(みふねのいわくら)付近に社殿奉斎された。

前日は伊勢地方は激しい雷と大雨であったらしい。従って当日も雨がふり、朝早いこともあり参拝客はほとんどなく、御祈願中に特に激しく降り注ぐ雨音が祝詞の声に重なって木霊し神秘的であった。

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