埼玉県名の由来となった行田の古墳群。稲荷山古墳は鉄剣銘で有名である。五世紀後半のものと推定される。
関西にある古墳は巨大な上に、発掘整備はされないので形状が分かりにくいがここでその形状を見て分かったことがある。
前方後円墳の後円部分を頭として、前方部分を足とすると、後円の部分に被葬者の石棺などが置かれているが、天皇陵などで鳥居があるのは前方部分の一番足の部分。
鳥居の部分を真正面にしてみた時、その光景はメキシコのティオティワカンなどの中南米、南米型ピラミッドにそっくりである。(写真1枚目)
何が文明的な共通性を感じずにはいられない。
さきたま古墳群には稲荷山古墳の他、武蔵國内(埼玉県、東京都、神奈川県の一部)で最大の二上山古墳、円墳としては日本最大の丸墓山古墳他合計10の古墳が集中している。
これらの被葬者は武蔵國一宮の大宮氷川神社の創祀一族又は祭神と関わりある人物であろうと思われる。

