東京の赤阪にある氷川神社を初めて訪れたのは2000年(平成12年)前後だったと思うが、その当時の神社の状況は、人が訪れる気配はほぼなく、社殿は朽ち果てて今にも崩壊しそうな有様で、うっそうと茂る木に囲まれた一角は少し不気味で人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。

もうこのままこの神社はなくなってしまうのではないか。

当時はそう感じたものだ。

それから数年後に訪れた時もまだそれほど状況は変わらないものの、ちらほら参拝者が来ているという風で、何回目かの参拝で、社殿の瓦を変えるということで基金を募っていた。

しばらくすると瓦の葺き替えが終わったので見に来てくださいというご連絡をいただいた。しばらくしてから参拝したときには参拝者で溢れ、社域も輝くように整備されていたのには非常に驚いた。

この間20年弱の期間が経過していたかもしれない。

それから、もう一社。神奈川に走水神社という神社がある。

ここに初めて訪れたのは、まだ平成初期だったと思う。横須賀市のはずれの寒村の漁村にこの神社はあるが、ヤマトタケルの史跡でもあり、戦前は海軍関係者などが参拝に訪れて随分栄えた様子が見て取れた。

しかし、自分が初めて来た頃には、そもそもこの神社の存在自体、この寂しい横須賀のはずれの漁村周辺に暮らす人以外知るものはいないだろうといった風で、神主がいて清掃などは行き届いていたが、参拝者の姿はほとんど感じられなかった。

それから、何回か参拝に訪れた。その後、江原啓之氏がこの神社をなぜか聖地として紹介したことがきっかけで、以降多くの参拝者が来るようになった。オトタチバナの従者の御霊を祀る神殿が新たに建立されるなど整備が進んでいる。

それから、もう一社。大田区に新田神社という神社がある。

この神社を初めて訪れたのは7年ほど前のことだと思うが、新田義貞の次男を祀る神社で、荒れているというほどでないが、それほど多くの人が参拝しているという風には感じられないよく見かける地域の神社に思えた。当時、数回参拝した。

今年に入り数年ぶりに参拝の機会があった。まるで名所のように幟がたてられて、明るく華やかな神社に変貌して、社殿も新築されたようで綺麗になっている。まるで観光地のようであった。どういう理由でこのように短期間で変貌したのか私は知らない。

これらの神社は、みな魂降日記などで過去紹介している。

どういう理由でかは分からないが何かが動いて何かが変わった。おそらく多くの人々の働きかけの集積の結果として、それは起こった。

こういうことは意図的に起こすことはなかなか難しい。それがなにがしかの神意の働きかけによるものであろうが、きっかけは、誰か人のはたらきかけに神々が応じた結果だろう。

この神社を参拝しよう、と思ったらまず可能な限り全力で、あるいは理想的には全身全霊で祈りを捧げることだ。人ができることというのは、まずはこれしかない。

人の働きに神が応じ神社は変貌し、関わる地域を変えていく。

それがこの国の社会の本来の姿であろう。

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