組織や人間関係の行く末を多少なりとも見てきた年齢になって最近思うことがある。
何かの目的を達成しようとする時、またはそれを目的とした組織を運営する時、人は多くの場合、自分の知識や経験や感覚に従って、
右にあるものを左に動かし、左にあるものを右に動かすなどしてやりくりして切り抜けようとするものだ。
小さな個人的な目的ならそれで上手くいくこともあるだろう。
しかし、その目的が大きくなればなるほど、個人の小細工の積み上げは効かなくなるし、それがかえってマイナスにもなる。
「神一厘の仕組み」という言葉がある。
人間の営みの中で何か重要なことが決定する最後の一越えのところで、人や個人の思惑や知識や行動などは無価値であり、そこには神の意志の介在のようなものが必ず存在しているというような意味。
ここ一番というときに、個人の思考や欲得であれこれ、思考をこねくり回して、細かい小細工をすると必ず変なことになり、これまで積み上げてきたものが一瞬の塵と化すことが多い。
神にゆだねるという宗教的な言葉がある。
個人としてすべきこと、できることをしたならば、最後の一厘は、人知を超えた何か、天の采配に委ねる以外にないなと最近思う。
その先は、神様にお任せ。
こういう考えなしに、あきらめがつかず最後の最後まで、自分の手を加えようとあがくと、結果、全てが崩壊していく。
この領域では結局人間は何もできないと知ることだ。
人間や個人ではどうにもならない領域があるということを知ることは、人生において極めて重要である。
それが真の知性の源泉でもあると言えるのではないか。

