八芳園正門脇に鎮座。由緒によれば文政三年(1820年)、

「あが縁日のある限り出火をみせじ」

という強いご神託のもと日吉坂上に鎮座。縁日には霊妙不可思議にも必ず雨が降るという。鎮座以来周辺では関東大震災、大東亜戦争にも被災しなかったという。火伏の稲荷、人丸様、火止め様とも呼ぶ。

昭和二十年までは神前にて盛大な祭事があったという。例大祭四月十七日、鎮火祭九月一日は今でも執行中。

八芳園があることが霊験の証明であろうか。八芳園はもと大久保彦左衛門の屋敷。以降薩摩藩下屋敷を経て渋沢栄一の従兄渋沢成一郎の屋敷となる。成一郎は幕末に徳川慶喜に仕え明治以降は財界人。

敷地は明治学院、シェラトン都ホテルと一体化している。

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